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2018年03月15日

●2018合格者体験記特集

「インタビュー企画第34弾」
 2018合格者体験記特集


2018年度の合格体験記をまとめました。
それぞれにリアリティーがあります。
参考にしてください。
それぞれの作品とともにご紹介します。






広瀬里美さん
埼玉・県立伊奈学園総合高等学校 卒
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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「わたしなりに」


現役生の時、わたしは自分を他人と比較ばかりして居ました。あのひとより出来てるとか出来てないとか、速いとか遅いとか。受験って競争だからそういうものなのかと思ってました。誰よりも努力しなければ、誰よりもいいものを作れるようにならなければと思ってました。その年の二次試験の自刻像はわたしは自分のペースというものを完全に見失い、お昼から泣いて、終わっても泣いてどばたに帰りました。それは落ちるから悲しいというのではなく、今までやってきたことを出すことが出来なかったことと「自分の作品」を置いてくることが出来なくて悔しかったのだと思います。


浪人して、わたしは自分がどんな調子の時でもどんな気持ちの時でもB°のものを描けるようにというのを意識して実技をしました。粘土でも形を見る力と作る力が徐々についてきて苦手だと思ってた模刻でもB°を取れるようになってきました。安定した力がついてきたのかと思いました。
そして、素描が今年から彫刻Iというものに変わってどんなものが出るかわからない中様々な課題をやっていく中で、わたしの好きなものや形ってなんだろうと考えるようになりました。作品に答えはありません。それでも秋頃わたしは彫刻Iの失敗を恐れてデッサンや模刻みたいに解答のようなものを求めていました。わたしの恐れというのは不安からくるものでした。不安というのは自分の作ったものがこれで本当に良いのか?という疑心と、制作中周りを見渡して面白い作品や良い作品を見た時に感じる劣等感だったと思います。つまりわたしは、この時は現役生の時から成長していなかったのだと今は思います。


しかし、綺麗なデッサンを描く尊敬する先輩の話を聞く機会があり、魅力とは知らないうちに出ているものだと気付きました。魅力とは個性であり、個性とは人それぞれが持っているもので、それはその人が描いている(作っている)時点でどうしようもなく出てくるものなのだと。


わたしは自分がどれだけその作品に対して真剣に取り組めたか、自分がどれだけ頑張れたか、どれだけ自分の納得するものに近づけたかが大切なのだと実感しながら制作出来るようになったと思います。いつからかわたしは他人と比べるということを辞めていました。一位じゃなくてもいいし、aじゃなくてもいい。自分が「良い」と思えるものができるようにただひたすらに制作する。それだけでした。
試験には、わたしはわたしなりに一生懸命の作品をおいてこよう。周りの環境や他人に惑わされずに、わたしに出来ることをやってこようと思って臨みました。


合格発表の前夜、ベストは尽くしましたが結果が出るまではやはり不安でドキドキしていたのですが、尊敬する先輩方と話していて、わたしはこの現役から浪人生活の中で実技のことだけでなくもっと多くの大切なものを学び、出会うことが出来たのだと心の底から思いました。たとえどんな結果になっても、わたしが幸せ者であることには変わりはないと思いました。


わたしの目標を応援し支えてくれた家族、親身に指導してくれた講師の方々、一緒に努力した仲間たち、遠くにいても励ましてくれた先輩と友人に心から感謝します。
ありがとうございました!






岩井りとさん
埼玉・県立大宮光陵高等学校 卒
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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「己を信じ抜く」


美術はハッキリとした正解や順位はない、何を信じればいいのかわからない世界だと思います。
自分と他人の価値観も違う、観る人によって評価も変わる。
それが恐怖でもあり、面白いところでもあると感じています。
そんな中で何を信じればいいのか、それは自分の経験だとわたしは思っています。
何を見てきたか、何をやってきたか、何を感じてきたか、自分で培った経験は何かの影響で変わることもない自分だけのもの、自分の力になっているはずです。
「自分なんて」そう思わず自分の力を信じる、自分を信じられるほどの経験を積み、実力をつける。
それが大事だと思います。
でも制作中は別です。疑ったほうがいい。


わたしは浪人した1年間ずっと自分を信じていました。
受験のときも、1年間やり遂げた努力を信じていました。きっとなるようになる、だからどうにでもなれ、そんな気持ちで受けていました。
正直に言うと、わたしはデッサンは上位ではなく、粘土もうしろ寄り、彫刻1はまあなんとなく得意、そんな実力でした。最後の最後で何かが起きたのでしょう。
普段、まわりがどんなにうまかろうが、安定した結果を出していようが、まわりのことを気にしませんでした。口を揃えて「マイペース」と言われても。
自分が前回よりも成長しているか、信じられないミスはしていないか、どんな方法が自分の目と手を合わせるのか、何を気をつければうまくいくのかという自分のことと、人の使う技術や表現や道具など、それを気にして考えて過ごしていました。


何も信じられない時期も、うまくいかずに涙したときも、わけもわからず怒り狂った日もありました。
そんなときも、支えて応援してくれ、時には放っといてくれた先生や家族、友達がいる、本当にいい環境で過ごせています。感謝してもしきれません。
手放しに褒めず、違うところをちゃんと違うと手厳しく、良いところを良いと指導してくれた先生方、つらいときに息抜きに付き合ってくれて、応援し、励ましてくれて、合格を知らせたときも自分のことのように喜んでくれた友人たち、いろいろな行事も普段も楽しく遊び、過酷な日常を共に過ごした友人たち、指導してくれて、応援してくれて、とにかく励ましてくれた方々、そして家族にはここでは語り尽くせないほど、本当に感謝しています。地に頭がめり込むくらい。
たくさんの人に支えてもらっています。ありがとうございます。


ここがゴールではないので、気を緩めずに愉快で厳しいこれからを、強い心で進んでいきたいと思います。
ありがとうございました。






許斐真帆さん
千葉・県立船橋高等学校 卒
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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「こわくてたまらないひとに」


それにしても長居をした。
彫刻科に棲みついた座敷わらしのようだった。
居心地のいい場所がたくさんあった。
本館入り口正面の椅子、ピロティの床のすごろくみたいなモザイクのはじっこ、
自然光の入る5-3アトリエはめったに使えないけれど大好きだったし
昼どきの講師室も迷惑がられても好きだった。


嫌いだったのはコンクール後の講評待ちの、ヒリヒリする本Bアトリエの空気で、
でもそのヒリヒリする感じも、コンクール以外なら刺激的で好きだった。
受験生はもちろんヒリヒリした毎日を過ごしていたけれど
若者たちだけでなく、そこにいる大人も、彼らなりにヒリヒリする
何かを抱えて、美術という世界に身を置いているのを見ているのが好きだった。


予備校が居心地いいなんて言っているから何度も浪人するんじゃ、と
お説教くらいそう。でもね、、、居心地よい場所だったから
自分がここにいる意味を探し続けられたのだと思っている。
目の前のものを見る目がほしくて、私はどばたにきたのだし、
母が死んで、その死んでいくさまを見て、自分の残りの人生を逆算したら
もうそれくらいしかやるべきことが見つからなかったのだ。


それにしても新しい受験生に、何をいってあげられるだろう?


合格体験記だなんて困ってしまう。トシくっていることはさておいても
要領悪くて忘れっぽく、肝心なとこでヘソ曲がり、という人がもし他にいれば
もがくな、自分を受け入れろ、と言ってあげたい気もする。
もがいて、必死にモチーフを見つめて、客観性のなさに苦しんで、
それでも一生懸命モチーフを見ていると、だんだん輪郭がぼやけて
断片的な白黒のかたまりが目の前に平べったく散らばって、
いわゆるナントカ崩壊みたいな(正式名称不明)脳の状態になって
もうどうやって描くのか全部忘れちゃった、という事態になるのだ。
私はこれを何回繰り返しただろう?


たかだか絵を描くのに、なぜ怖くて手が震えたりする?と呆れられたりもする。


でも震えるんです。にっちもさっちもいかなくなると。
怖くて木炭持つ手が震えてヨレヨレの線になったり、鉄ベラが持てなくなったり、
わかる人にはわかるはずだがわからない人はわからない。
とりわけ6時間の実技になると、焦りもあるからなおひどい。


これを乗り越えるのは不可能に思えた。
実際、今年も2月に入ると、怖くて間抜け面でアトリエに座る日が続き、
もうそういう自分を受け入れるしかなく、しまいには、
私は石膏描いているのじゃない、階段と壁を描いている、
と言い聞かせるほかなくなった。
ひたすら「階段と壁、階段と壁」と呪文のように繰り返し、見かねた講師に
あのねちょっと動きが、、と小声で指摘されてもまだひたすら
「動く階段と壁、動く階段と壁」と呟きながら円盤を描いたりした。


怖がりで要領悪くても、壁と階段くらいならなんとか描けるものらしく、
結局そうやって入試直前まで石膏を描いた。正直に言えば本番でさえ
最初の1時間は階段と壁を描いていたし、弥勒によく似た階段だなと
思いながら作っていた。
もしも怖くてどうにもならない時は、階段と壁を思い出して、
バカらしくなるまでやってみてほしい。おすすめはしないけれど。
バカみたいなので。




私ほど要領悪く過ごしているわけでもない人がほとんどだろう、だとしたら、
私が伝えてあげられることってなんだろう?
美術は楽しいといったって、結果が出なければ苦しい。本当に苦しい。
これは書けと言われたから書くわけじゃないけれど、私は息苦しくなると、
夏期や冬期に、基礎科の彫刻で講習を取ったりもした。
美術を始めて日の浅い人たちの実技は、本当にのびのびしていてきれいで、
自分の作品がしょぼくてびっくりした。ポケモンのぬいぐるみと幾何形態
の構成、油絵具の匂う基礎科のアトリエの隅っこでのんびり作る日が、
どれほど救いになったことか。油画の1次対策の木炭デッサンに
お邪魔したこともある。あんまりにも自由で楽しくて、ショッキングだった。
ああそう、苦しいときはときどき、美術の原点に帰れるような機会をもつのも
よいかと思う、人によっては。また彫刻を続ける力になります。




でもそれでも、受からない。受かるあてがみつからない。




そういう日々を繰り返した私に、言ってあげられる言葉なんてあるのだろうか。




講師のひとたちからは、ずいぶんいろんな言葉をもらった。
コミュニケーション好きなので。
その点は唯一、私の長所かもしれない。
私には私の、人には人の、それぞれ受かり方がある、と言ってくれた講師が
いたな、とか、最後まで合わせにいけ、という前の日の言葉、そこそこ
描けるしそこそこ作れるんだからもう受かっていい、と言ってくれた人や、
手なんて所詮シルエットの集合体、と言った美人講師、私の実技が
大好きだと言ってくれた講師。
私のこれまで過ごしてきた日々の、いろいろな場面のいろいろな言葉が、
ほぼ同時にあの芸大のアトリエで、私をかわるがわる励まし続けてくれていたので、
怖すぎてテンパっちゃいたが最後の1秒まであきらめずに、モチーフと作品とを
見比べ続けていられたのだった。
私がどばたで過ごした時間は、長かったけれど無駄にはならず、
それらのぜんぶが私を支えてくれた。
これはきっと、だれにとっても同じだろう、決して無駄にはならない、だから
安心して苦しんで、ということくらいかな言ってあげられるとすれば。




とりとめもなく長々と書いてしまった。
文章が長くなるのは高齢者の特徴なので、ここらへんでおしまいにします。
どばたにいる方々とその建物と、あと私の家族と犬に深い感謝をささげます。






菊地寅祐くん
山梨・県立韮崎高等学校 卒
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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「浪人」


朝は大概七時半に起きる
冷蔵庫にある安い卵と生醤油
七時に炊けていた白米にかける


八時 見もしないテレビを消す
父親から貰った革靴
暇はあっても塗らないミンクオイル
家の鍵はガスコンロの右側
やがて自転車にまたがる


何故か三つも薬局のある駅前
愛想の悪いパン屋を通り過ぎる
ギアは錆びて外れやすい
予備校の電柱に自転車を括り付け
マイバスで烏龍茶、生麦を買う
打刻をして階段を降りる
席取りにサインして仲間と雑談
開始十五分前 用を足す
事務側トイレは使用頻度が高い
木炭紙一枚
レシートは貰わない
縦向きの箱椅子
道具箱は右手 パンは左手に
イーピンにガーゼをかけ
靴紐を縛りモチーフを見上げる。




支えて頂いた沢山の方々に感謝しています。ありがとうございました。






田村領磨さん
東京・女子美術大学付属高等学校 卒
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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「受験を終えて」


私の受験生生活は助けられてばかりだった。








受験を決めたのは高2の冬で高3から塾に通い始めた
好きな人と同じ大学に行きたくなくて
誰にも劣りたくなくて
何か夢中になれるものが欲しくて
不純な動機で受験を決めたわたしには
頑張り続けるには余りにも弱い理由だった
受験は逃げだった


それでも負けず嫌いなりに懸命に逃げることを頑張っていた
学校に教育実習で来ていた卒業生の方に同じ受験経験者としてアドバイスをもらったり
夏休みは朝から晩まで余計なことを考えないように制作に打ち込んでいた
学校内ではある程度の評価もされていて自信があったわたしは塾でも現役生の中では然程悪い評価ではなく
逃げ続けられていることに満足していた


そんな中
夏も終わり受験本番に差し掛かった頃
わたしは失恋をした
わたしは何から逃げているのかすら分からなくなった
失ってから気づくとはこのことかと理解した
ずっと好きで情で付き合ってくれていたことも分かっていたのにそれでも
それから逃げることで自己満足し
相手をほっといた自分に対しては相応の成り行きだと思った


わたしに自信がなくなって心が弱くなったのはこの頃からだったと思う
制作にも集中できず何かと理由をつけては休みがちになった


高3の冬受験本番になった頃
卒業制作をすると言って何日間も塾も学校も休み怠惰な生活を送っていた
年を越した辺りからは制作も右肩下がりで心ここに在らず
周りには表面的な笑いばかりするようになった
全く集中も出来ずに自分が何を何のために頑張っているのかさえ分からなかった。








そしてそのまま一次試験の日を迎えた


どうしても観たい展示があったわたしは試験終わりに急いで展示会場へと向かった
受験の不安な気持ちを抱えたまま着いた展示室で作家さんに声をかけてもらった瞬間に涙が溢れた
同じどばた出身の藝大生の方で他人のわたしとでさえ優しく受験の苦しみを分かち合ってくれた


その会話の中で
教授はちゃんと受かるべきひとを選んでいるんだよきっと頑張ってやり切ったなら大丈夫!
との言葉をいただいて
その言葉とは裏腹に逃げだけでやってきたわたしは落ちてることを悟った
それと同時にわたしはもう失うものがないこと
逃げる必要もないこと
それでも彫刻が好きなこと
色々なことを悟った


一次発表の日
合格者の中に自分の受験番号はなかった
受かるべきひとになれていなかった私は涙を流すことすらなく浪人することをきめた
どばたにかえると、講師の方々と色々と話をした
一浪の1年間を支えてくれたそんな言葉もたくさん与えてくれた。








そして間も無く浪人生活が始まった
浪人中は
受かるべきひと
になることを何よりも掲げて制作をした
上手くなることよりも受験当日にモチベーションを合わせていけるように毎日を過ごした


失恋をしてから脆くなった心は元に戻ることはなく
急に伏せてしまって休んでしまうことも多かった
それでも頑張って塾に向かうと笑顔で
今日は来たな!
それだけ言って受け入れてくれる講師の方々に
何度も心が救われた


だんだんと感情が制作に影響せずある程度のクオリティを上げられるようになった頃にはすでに厚手の上着がないと肌寒い季節になっていた


新しい年を迎えてセンター試験も終わった頃
周りのみんなは朝から晩まで塾で制作をして熱い熱気に包まれていた
そんな中でわたしはまた受かるべき人とは何だろうかと考えていた
わたしの拙い結論は
いつも通りであることだった


きっと上手くなるには誰よりも制作するべきなのは明確だった
けれどもわたしの中で
受かる=上手い
の式はすでに成り立たなかったので
それまでも制作の時間が終わったら誰よりも早く切り上げていたわたしは
入直の時期になっても夜まで頑張っているみんなを尻目にそそくさと帰宅して夜は制作を忘れて自由な時間を過ごすようにした


趣味の料理も明日に疲れが出るからやらない
ではなく
やりたいと思った時に即座にやることにした
それもあって受験直前も気を張らずにモチベーションを上げていくことができたのだと思う。








そして迎えた一次当日
現役の時は木炭も全て芯ぬきをして
真っ赤なワンピースを着て
いつもとは比べものにならない程の気合を入れて挑んでいた
でもそれではダメだと分かっていたので
いつもの履きなれた靴地味な洋服
箱のままの木炭で挑むことを決めた


部屋の中に見えたモチーフは
現役の時は上手く描くことが出来ずにあまり好きでは無かったヘルメスだった
しかしちょうど
ふと何か惹かれるものがあって今までの中で1番熱くかっこよくヘルメスを描いた日が前日の事だった


部屋に入ってすぐに座席抽選をした
私の好きな光の向き
場所の座席を見つけて絶対にそこを引き当てると意気込み抽選をした
見事にその席を引き当てたわたしは
描き始める前に一次合格を確信した


現役の時とは違う冷静かつ平常心で挑むことが出来た一次試験は狂うこともなく
良い描き出しが出来たのだと思う


そして一次の発表を迎えた
案の定一次通過で
嬉しさとともにここで思い上がってはいけないと心を鎮めることに専念をした
それと同時にわたしは言霊や思い込みはわりとそうなると考えている人間なので
一次通ったら二次も通る
今のわたしは受かるべき人間になれている
そうなんども心の中で繰り返した。








そして翌日すぐに二次試験の彫刻1迎えた
講師の方々が試験内容といつもの授業が類似していると安心してしまいあまりよくないかもしれないねと言っていたそんな中で
試験内容はいつも塾でやっていることに程近く
それはいつも通りを心がけていた私にはとてもありがたい課題であったと思う


お昼休憩の時間にはいつものようにクッキーを焼いて持って行った
監視員をしていた方々からは不思議な目で見られていたかもしれないけれど
私がいつも通りに過ごすためには必要不可欠だったと思う。








人物や構成に比べてきっちりと合わせなくてはならない模刻が来る可能性が高いと予想されていた中で
模刻があまり得意で無い私は塑造の試験を何よりも恐れていた
そんな中で出たのは手と菩薩の構成だった
これは受からせてくれる試験だと確信した
午前中誰よりも早く心棒を作り終え
粘土付けも早々と済まし確実に完成に向けて作って行った


しかし午後になって手の心棒がぐらつくことに気がついた
残り時間は2時間程度で焦り動揺した
けれどこれは受からせてくれる試験であって
ここで手を抜いたり諦めてはいけないと
最善を考えた
やりきれずに落ちることだけは絶対にしたくないと一か八かの勝負に出ることにした
一度作った手を半分ほど壊しシュロ縄できつく結んで固定をし安定させることにきめた
そこからはここで諦めたらいけないと出来る限り作り込みをした


この選択はあっていたと思う
形が甘いところが多くなってしまったけれど
今の自分が出来ることは出し切った


最終合格発表まではずっと心がざわついて
一生分の鼓動を打っているのではないかと思うほどだった


そして迎えた最終合格発表
緊張のあまり家を出るのが遅くなり
大学に着いたころにはすでに開示してから30分あまり経過していてすれ違う人達の少しざわついた空気の中自分の番号が掲示されているのを見つけた


一浪で必ず受かると決めていたわたしは
嬉しさと安堵の感情に包まれ
始めてこの一年色々な方々に支えられながら頑張ってきてよかったと思うことが出来た。








思えば不純な動機で受験を決めたわたしがここまでやってこれたのも
学校の先生からの応援を始め
先輩や尊敬する作家さん
講師の方々
何よりも家族が支えてくれたからこそだなと
改めて感謝することができて
それに対しておめでとうと
皆が皆祝って下さって
恵まれた環境の中でやってこられたことに
何よりの幸せを感じることができた




きっと好きだった人から振られなければ
現役であんなに落ち込むこともなかったとは思うけれど
受験をしようと思わせてくれたわたしの人生に居なくてはならない人だったなと
色々な出会いに今だからこそ素直に感謝できていると思う




合格はまだスタート位置に立てただけで
これからの頑張りが大切だと分かってはいるけれども
スタート位置に立つこともきっと1人では出来なかったと思う
それも色々な方の支えがあったからこそ何とか立つことができた
だからこそわたしは何年もかけて作品を通してこの感謝の気持ちを届けていけたらと思っています。






伊藤珠生さん
東京・都立工芸高等学校 卒
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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「彫刻が好きだから」


夜間部だった2年前、彫刻を始めて間もない頃、「私は誰よりも頑張ってやる。」そんな風に思っていた。
学校の課題に追われつつも、頑張ることが楽しくて予備校が楽しかった。冬、地方生も増えて、皆んな熱かった。「頑張っているのは私だけじゃない。私より頑張っている人達がたくさんいる。」そんな当たり前の事に、その時気付いた。頑張れなくなった。私は人から頑張っていると思われたかっただけだった。そんな自分に気づいて頑張ることが恥ずかしくなってしまった。
そのまま私は藝大に落ちて、浪人生になった。浪人に少し憧れていた、楽しそうだと思っていた。私はどこまでも甘かった。
浪人すると、実技や人間関係、上手くいかず泣いてばかり。自分の良いと思っていた作品が講師には評価されなかったり、力はあるけど魅力がない、そんな事を言われて自信がなくなった。評価されない作品は嫌いになって、見たくなくて講評の後、すぐに壊した。


「何で彫刻をやっているのだろうか。何で藝大を目指しているのだろう。」


全てが分からなくなった。受け入れられない自分を人に受け入れてもらおうとした。
9月頃、自暴自棄になった。泣きながら制作したり途中で帰ったりしていた。そんな私にある講師が、面談しようと声をかけてくれた。講師は私に、自分を受け入れる事を教えてくれた。迷いも不安も受け入れる事にした。受け入れると、自分が何をしたいのか考えることが出来た。とりあえず、もう後戻りは出来ないのだからと、不安定な気持ちと戦いながら、実技をする事にした。
コンクールで結果が出るようになった。その結果に救われた。きっと、夜間部の頃、頑張っていた自分のおかげだ。
明日の自分のために今日頑張ろうと思った。
粘土もデッサンも上達し安定していった入試直前、私は、彫刻が大好きになっていた。
藝大に行く理由が見つかった。「彫刻が好きだから」行くのだ。
この一年間、たくさんの事があった。辛い事の方が多かったかもしれない。でも私は全力でぶつかれた。だから、後悔する事は何もない。
この先どんな事があっても、私は全力でぶつかっていきたい。泣いたり笑ったり、全力で生きて、全力で彫刻をしていきたいと思う。


これまで支えてくれた講師の方々、予備校で出会い、かけがえのない一年間を共に過ごした仲間達、応援してくれた家族や友達に、心から感謝します。本当にありがとうございました。






高橋晴久くん
千葉・県立松戸高等学校 現役
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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『楽しかった受験生活』


僕は高2になってから進路を彫刻に決め、それから毎日欠かさずデッサンを描いていました。
制作してないと僕は死んでしまうので朝早く高校へ行き制作し、授業が終わると最終下校時間まで制作し、家に帰っても次の日の制作の事しか考えていませんでした。自由な時間と自由な先生と自由な親と自由な友達。僕が努力できたのはこの自由な環境があってこそだったと思っています。飽きっぽくて移り気な性格だったので、1時間デッサンを描いたら粘土がいじりたくなってきて、それで粘土をいじっていたら今度は陶芸がやりたくなって、それでお皿を作っていたら今度はまたデッサンが気になって気になってしょうがなくなって、結局いろんな教室を転々としてたのを覚えています。


高3になってからドバタの夜間部に入りました。毎日高校が終わるとすぐドバタへ行き、8時半まで制作し、夜遅くに帰宅する。体力的に厳しい毎日でしたが、それでも楽しさは変わらなくて、予備校に行くのが1日の内の一番の楽しみでした。
受験だと思ってデッサンを描いたり粘土を作ったりした事はありませんでした。だからこれだけ楽しめたと思います。実技で泣くこともあったけど受験が怖くて泣いた事はありませんでした。ただデッサンを描くのが楽しかったから妥協せずにやれました。だから上手くいかないと悔しくて泣きたくなってしまう事がありました。遊び心も大事、妥協も必要と言う大人もいますが、子供は遊ぶときほど妥協しないと思います。
試験本番も楽しんで作れました。デッサンも新鮮な環境とピリピリした空気を味わいながら楽しんで描けました。彫刻1は特に楽しんでやれました。彫刻2も苦手な構成粘土だけど、迷いなくやれました。悔いのない作品を作れたので受かった時は本当に嬉しかったです。ここまで来れたのは自分だけの力ではありません。両親や、高校の先生方、ドバタの講師陣が非常に立派な人達だったからです。こんな悪餓鬼でも学費を出してくれた両親、最後まで全力で指導してくれた講師の方々、そして基礎を築いてくれた高校の先生方。本当にありがとうございました。裏で悪いことばっかしたり、友達に心配かけたり、色んな女の人に迷惑掛けたけど反省しています。これからは立派な男になれるように努力します。
あくまでも大学に受かっただけに過ぎないので、浮かれずにこれからも精進していきたいと思います。






関野正祥くん
東京・私立錦城学園高等学校 卒
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科


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「楽しまないと!」


自分は勉強が嫌いで本を読むのも嫌いで文章を書くのなんて死んでしまいます。でも物事を考える事はすごく好きで浪人生活の中で考えてた事をいくつかあげて行きます。


僕がここで受験生に向けて関野正祥の浪人生活のどんな事を書こうと他人からしてみればどうでもいい事。合格者から聞くべき事は考え方だと思います。3年間の講評ノートを振り返り好きな自分の考えを紹介します。


「楽しまないと芸術をやっている意味が無い。嫌ならやめるべきだ。芸術は勉強なんかよりはるかに贅沢なものだから。」これは芸術を学ぶひとは絶対に忘れてはいけないことだと思います。


「静かに集中。熱くなってはいけない。座禅をするように実技をすれば全てが研ぎ澄まされ作品は良くなる。そのうち余裕が出来てさらに集中することが出来る。」どんな表現にも集中力は必要で、その力が作品に込められて作品の価値が上がると僕は思います。


「実技は頭を使って自分をコントロールしながら目でやるもの。」目と手を直結させることを前提としてその動作をしているうちに余計なことが、入って来たり、自分の行き着く先が変わったら頭で補正する。


他にもありますがこのくらいにしておきます。でもまあ、なんだかんだ言って自分以外の奴の事を倒す気持ちと気合で大体の事はなんとかなると思います。


青汁のCMみたいに急に宣伝ぽくなっちゃいますが、生徒1人1人の考え方を大切にしてくれるのがドバ彫だと思います。僕は学校も先生も好きじゃないタイプのひねくれ生徒でしたが、どばたはマジで好きです。講師で呼んでくれるのを待っています笑。


最後に学科落ちって言うのは本当にあります。高校生はよく「勉強はしといた方がいいよー」って言われると思いますがマジです。勉強が本業の時に勉強しとくべきです。実技だけうまかったら藝大に入れるなんてそんなに甘くありません。






水巻映くん
埼玉・県立芸術総合高等学校 卒
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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「上達するために」

 
まず初めに、今まで何も言わず支えてくれた家族。切磋琢磨し合い笑いあった友人。やたらとあごをいじる講師の皆さん。優しく働き者の助手さんたち。今まで応援してくださった皆さんへ。無事、東京芸術大学に合格できました。ありがとうございました。


 さてさて、体験記に移りましょう。僕は実技ではあまり目立つような立ち位置にはいなかったと思いますし、体験記で彫刻論とか精神論とか、そんなかっこいい話は他の人がすでに書いていると思いますから、ちょっと違う話をします。
 デッサンや塑造において大切なのは何でしょう?モチーフへの観察や理解はもちろんです。完成のイメージを持つこともとても大切です。客観性や様々な観点から発想を広げることなど、良い作品を作るためにはこれらのことがとても重要です。ですが、それ以前にもっと大切なことがあります。それはアトリエの環境ですね。環境が悪いといい作品は作れません。
塑造のとき、彫刻科は動き回ります。例えば模刻をしていて、観察する際に死角ができてしまうのは彫刻科にとって致命的です。床に使っていない道具や箱椅子が置きっぱなしになっていることが多くあります。観察したい場所に物があるから観察できない。すごいストレスですね。
使う道具も共同のものが多いです。作るものも場所を取りますね。モチーフも大きいです。少しでも広いほうが伸び伸び制作できます。使ったらすぐに元の所に戻す。とても大切ですね。
とはいってもみんな忙しいです。片づけなきゃと思っても忘れてしまうことが多いです。
制作中は実技に一生懸命な人たちの集まりですから、放置粘土があったり、置きっぱなしの道具があったりするのもわかります。だから授業終わりに気づいた人が片付ける、声をかけて本人に片してもらう。みんなのアトリエですから、みんなでよい環境にしなきゃいけない。当たり前のことです。だから僕は放課後にアトリエの掃除ばっかりしていました。誰のかわからない芯棒を壊したり、粘土を片したり、隅に落ちている縄とか垂木とか拾ったり、頼まれた訳でもなく、褒められたくてやっていた訳でもないです。いい実技がしたいから、ある意味自分のためにやっていました。それに掃除している自分の姿を見て気づいた人は手伝ってくれます。いい人ですね。そういう人が増えれば自然と良い環境になるし、良い作品も増えると思います。
入試が近づいてみんなが自主制作している横で、僕は道具の整理をしたり、片付けしたり、棚作ったりしていたんですが、それが逆に心に余裕を作ってくれて、変に悩んだり自分を追い詰めたりすることなく、落ち着いた心境で本番に臨むことができたと思います。アトリエを使わせてもらったお礼にきれいにする。次使うとき使いやすいようにする。一見関係ないように思えるけど、上達するための近道です。芸大でも自分が制作した範囲はできる限りきれいにしました。
実技以外のところでもしっかりした仕事ができる人が受かるんだと思います。ただうまいから受かるのではないです。僕が言いたいのはそういうことです。
最後に
これからも多くの人が、美術の道を歩むその先駆けとしてすいどーばた美術学院で学んで行くことと思います。2年間でしたがとても成長できた場所でした。その恩返しという訳ではないですが、新しく霧吹きの棚を作りました。「高みを目指してほしい」「上へ上へと上達してほしい」という思いでモチーフを選び作りました。大事に使ってくれると嬉しいです。

2017年03月17日

●2017合格者体験記特集

「インタビュー企画第32弾」
 2017合格者体験記特集

2017年度の合格体験記をまとめました。
それぞれにリアリティーがあります。
参考にしてください。
今年はこの一年で制作したそれぞれの塑造作品とともにご紹介します。






廣崎萌さん
石川・県立鹿西高等学校 卒
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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『自分を信じる』

一年前、私は誰よりも強くなろうと心に決めました。
その為に私が選んだのはここで学ぶことでした。
正しい選択だったと思います。ここには最高の環境があり、先生がいて、同じ道を志す仲間がいました。

受験は結果が全てかも知れません。でも誰になんと言われようと自分が正しいと思ってつくったものを信じてあげてください。大切にしてあげてください。
道に迷った時は原点に戻ってみてください。一番大切なものが自分のすべきことを教えてくれると思います。

浪人して初めて周りの人の有り難さに気づくことができました。本当にありがとうございました。
まず、第一歩を踏み出すことが出来た今、これからは自分を信じて、強かに生きて行こうと思います。






柿坪満実子さん
東京・私立星美学園高等学校 卒
合格大学:東京芸術大学 彫刻科
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『挑戦し続けること』

4浪で落ちてもう1年頑張ろうと決めた時、彫刻を続けたいと思う自分ともう一度向き合う事から始めました。
なぜこの道を選んだのか、なぜ途中で諦めなかったのか、その答えが私をこの1年間支えてくれました。
どんなに頑張っても報われない時があります。
彫刻をして生きて行く自分のために頑張りたい。
そのためならどんなに辛くても悔しくても私は乗り越えてきました。
できる自分もできない自分も認めてあげる事で前に進むことができました。
今まで沢山実技をしてきて、自分が見ている物を表現できないもどかしさに襲われる度に、私は自分が見ている世界が誰よりも好きでそれを表現できるのは自分しかいないと信じて続けてきました。
浪人を続ける内に自分の限界を決めてしまう時があります。
どんなに実技が上手くなっても新たに始めるとまだやる事は沢山残っていて、見えている事のさらに先が見たいと思う向上心を持ち続ける事が、繰り返しになってしまう日々の実技をより良くしてくれる筈です。

美術といえど受験は戦いです、一緒に受かりたいと思える仲間がいるからこそ全員倒してでも自分を受からせるという強い気持ちを私は最後に持つ事ができました。二次の塑造では諦めずに最後まで自分と向き合っていたと思います。
挑戦する気持ちを応援してくれた友人や支えてくれた家族、講師の方々には本当に感謝しています。






小林さらんさん
新潟・県立新潟高等学校 現役
合格大学:東京芸術大学 彫刻科
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『受験を振り返って』

誰かの参考になるかわかりませんが、私は私の話をしようと思います。


私は自分をなくしたかった。
自我が強すぎたら強引な作品になる、他人の言うことが聞けなくなる、モチーフが見えなくなる。それをずっと恐れていました。
そして正体のわからない「正しいこと」を探していました。例えば数学の解答のような、絶対的な正解。
自分なんてものは、自分の目を曇らせ、正解を見えなくするものだなんてある種信仰のようなものさえあった。

自分を否定するこの信仰は正しく思えました。なぜなら上達するからです。
自分をなくしたいと思ったら必然、周りの人の言うことをよく聞きます。いろんな人の言うことをすべて偏りなく聞こうと思いました。たくさん質問したし、いろんな人の実技を盗み見てもいました。そしたら技術は日に日に伸びました。
もちろん今でも周りの人の言葉ほど重要なことはないと思います。
だけど私の信仰は間違っていました。

先生が試験前日に私にかけてくれた言葉がありました、「自己主張してこい」。
目が覚めたような思いでした。
大学が見たいものは「正解」ではなく受験者本人そのものだと理解しました。そして私が本当に恐れていたのは自己主張したとき、自分が否定されることじゃないか、とも。
試験前日に気づくなんて私は愚かでした、だけど気づけて、本番で自分を出し切ることができて本当によかった。そして発表の日、私を受け入れてもらえたとわかって、本当に本当にうれしかった。

自分を消すことなんて結局できないことです。よしんば消すことができたとして、「正解」があったとして、それのなにがおもしろいんでしょう。正解なんて探す暇があるなら自分を磨く方がよっぽどいいと、今の自分はそう思います。

受験勉強は今思うと短かったような気さえしますが、学んだことは計り知れません。この経験を糧にこれからも精一杯生きて行こうと思います。
もちろん周りの人への感謝を忘れずに。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。






伊東萌さん
東京・都立芸術高等学校 卒
合格大学:東京芸術大学 彫刻科
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『不安を取り払う実力』

前年度、受験に落ちた後はあまりに辛くて先が不安で、胃が痛くて漢方薬を飲んでいた記憶くらいしか無いです。
失意のどん底で進路も決め悩んでいた中、心新たにどばたへ通うように家族が推してくれました。あの時は自信喪失していましたが日々私を見ていてくれた人達が私の実技を強く信じて予備校に行くこと勧めてくれなければ合格どころか受験すらしてなかったかも知れません。

初めてのどばたという環境に身を置き生徒の数と1人1人の意欲に驚きました。
多くの生徒のいる中で、自分の立ち位置を把握して実力があることを確信し、同時に何が足りないか、どうして今まで落ちてしまったかも身に染みて実感出来ました。

日々のコンクールで自信を付けるにつれて、時にどうしようもなく無気力になる自分とも戦いました。それはもし次の試験も駄目だった時に今まで以上に傷付いてしまうのでは…という挫折への恐怖で、きっと実技をしてきた期間が長い人ほど思い当たる感情な気がします。
そのせめぎあいは1月頃ピークを迎え、失敗のビジョンが浮かんで家から出られない日もありました。

平静を装っても講師陣には私の隠していた弱みは気付かれ、ある日「不安を取り払うには、実技しにアトリエに来るしかないよ」と言われ、必死に通いました。

それからの実技中は完成のイメージやモチーフに近づけたくて、ああでもないこうでもないと夢中に制作したら、講評でその奮闘をしただけ評価がつくのが嬉しくて、毎日学校に来るのが楽しかったです。
同じ志を持った人達と自主課題をしたり、時には競ったり、1人で苦手な課題に挑んだりしているうちにマイナス思考になる時間が無くなっていました。

自分にとっての実技の攻め方やプロセスが確立したし大きな発見もあって、
不安を取り払うだけの実力を得てからは試験が終わるまで本当に怒涛の日々でした。


最終発表を見た瞬間は
自分の受験番号があるという
今まで有り得なかった妄想とか幻想みたいだった光景が目の前に広がって、何も言葉が出なくて、近くにいた友達の前で生まれて初めての嬉し泣きをしました。

一緒に浪人したみんなの事思い出して
また藝大受けるなら、この言い表せない幸せを絶対に味わって欲しいなと、切に思います。

最後に
家族、講師の方々、高校時代からの先生、実技を高めあった皆、私の浪人時代に関わった人達への感謝の言葉でこの合格体験記を締め括らせていただきます。

本当に、本当にありがとうございました。






島六新太くん
茨城・県立緑岡高等学校 卒
合格大学:東京芸術大学 彫刻科
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『彫刻を追求すること』

 自分が本当に受験と向き合ったのはコンクールの時の何回かと本番くらいだと思います。受験は抑えるところを抑えればあとは何とかなるのでそれ以外に自分が大切にしていたものを書こうと思います。

 彫刻は無限だと思います。自分が三次元の中に生き、その三次元を追求する。つまりこの世の真相を追求するようなものです。その追求にはもちろん彫刻として教わるものからのアプローチが軸ですが、より深い追求をするためには他のものとの比較が大切になってきます。絵画を知れば立体にしかない魅力が何なのか分かるっていう具合です。それには自分の過去の経験が深く関わって来ますが、それを増やそうという試みも必要だと思います。自分はすいどーばたにいるとき色々な試みをしました。好きな作家のスタイルを真似てみたり道具を変えたりなどそんな所ですが、色々な観点を持つことで本来追求すべきものにより迫れるわけです。そういった意味ですいどーばたは自分の知らない色々な物を教えてくれる良い場所だったと思います。ただ、与えられるものだけではものたりません。与えられたものが本当に正しい事なのか疑う目を持つことも大切だと思います。その目を鍛える行為、それが石膏デッサンだったなーと思います。
自分は石膏デッサンはかなり追求しましたが塑造と素描はまだまだです。塑造と素描は作品としての意味合いが石膏デッサンよりも強いと思うので、今まで作品性というものにそこまでこだわってなかった自分からしたらまだまだ研究不足です。そこは大学に入ってから研究することと思います。
とにかく、無限で奥深い彫刻の魅力を味わおうとする態度。それが大切です。彫刻には万物に通ずる本質があると思います。それを信じてこれからも研究していきたいと思います。






井坂仁美さん
高等学校卒業程度認定
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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『肯定』

4浪目の春、一次落ちして五浪が決まった私は絶望していたのでした。

元々絵が好きで美術コースのある高校に通い、そこで芸大彫刻出身の講師と出会い、いつの間にか高校から紹介された予備校の基礎科コースに入り順調にこの道へ入っていった私はこの後に待ち構える困難など想像もつかなかったことでしょう。
結局現役で二次落ちし合格することが出来なかった私は半年バイトだけをしてまた半年通い、受験して二次落ちし、またバイトを半年して…という生活を送りました。これは3浪目にどばたへ来てからも繰り返してしまいましたが、当時の私は負のスパイラルに完全に嵌っていたと思います。
週五で働いて通い続けることにも限界を感じた4浪目には入直から通い、実技の感触も悪く無かったのにも関わらず一次落ちし冒頭の話に戻ります。

「諦めなさい、諦めてこういう生き方をする自分を受け入れなさい」

これで最後の受験にしよう、最後だから春から一年しっかりどばたでやろうと決意したとき講師に掛けてもらった言葉です。私はこの言葉がとても腑に落ちました。ああ自分はこういう生き方しかできなくて嫌だったけれども、それでいいんだ。そう思えてから余計な感情や力みが抜けて、出された課題に狙いをもって良い姿勢で取り組むことが出来ました。そして自分の波を常にコントロールするイメージで、最高潮の波が本番にぶつかるよう調整ができたこともそのまま合格に繋がったと思います。
答えを出すまでに相当な時間を費やしてしまいましたが、周囲の皆様に支えてもらってここまで来ることができました。本当にありがとうございました。






後閑悠太郎くん
東京・都立王子総合高等学校 卒
合格大学:東京芸術大学 彫刻科
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『四つん這い』

 様々な思いが錯綜する合格発表は非日常と呼ぶに相応しい異質な空間が広がっています。何度行っても耐えがたい緊張感。奇声や笑い声、すすり泣く様は私の精神を削っていきます。そんな中、掲示板の受験番号が辛うじて識別できるギリギリの距離で私は立ち尽くしていました。へー受かるもんなんだな。それが素直な印象。
 私がこの一年でしてきたことは技術鍛錬より、精神コントロールでした。強靱な精神とは。最強の精神とは。自分の精神を完璧にコントロールしてみせると誓い、9月から遅めな三浪生活が始まったのでありました。
 しかし精神を維持する事は簡単なことではありません。自分だけの問題と言うわけでもないのが現実で、恋人や男女関係、恋愛、特に若いので失恋はかなり精神を削り取ってゆくものです。さて、上手く立ち回っている方々は一体どのような思考回路をしているのでしょうか。精神維持ができている人を私なりに三つのパターンで区分しました。タイプ1…天然/馬鹿で自分が精神的ダメージを受けていることに気付かない。これはわかりやすいですね。そのまま受験を迎えられればラッキーって感じです。タイプ2…自分が精神的ダメージを受けていることに気付いているが、敢えて天然/馬鹿を装い、前に進む。こちらの方は多いのではないでしょうか。辛いことがあっても表に出さず、後ろを見ることなく走り抜ける。かっこいいですね。そしてタイプ3…自分が受けている精神ダメージの全てを受け入れ、咀嚼し、それでも腐ることなく自らを前進させていく。辛そうですね。笑。こういった方々は精神のキャパがかなりのものとなっています。受験や失恋、死との遭遇/向き合い。そこに至るまで辛いストーリーがあったに違いありません。辛い瞬間は人それぞれ、何時訪れるかわかりません。最初の関門はタイプ1の人が自分は鹿ではないと気付いてしまった時だと思います。それを乗り越えるには馬鹿を装うか、受け止めるキャパを育むか。他に手は無いかと思います。精神的に弱い人間が入ることができる程、東京芸大彫刻科は優しいところではありません。
 しかし、精神コントロールさえすれば良いわけでは有りませんね。当然、実力がなければ東京芸大彫刻科に入ることは困難です。では精神コントロールと実技鍛錬はまったく別物なのでしょうか。ここでは精神コントロールとそれが実技に及ぼす影響について考えてみましょう。デッサン、素描、塑造。これらは作者の精神状態の影響を少なからず受けていきます。精神コントロールをする事で各実技に注ぎ込む熱量(精神)をコントロールしていきます。多すぎても少なすぎても作品とはなり得ません。本番で安定した三点を揃えるのは単に普段から全てを全力で取り組むだけではないと私は考えます。できる人はやればいいですが。如何に本番で合格を勝ち取ることができるか。それは実力だけの問題ではないと考えています。課題の本質を見極める判断力、それに限るのではないでしょうか。
 続いてかなり生々しい話になりますがブログアップ/コンクール総合順位に於けるアドバンテージと危険性について述べたいと思います。ブログアップ作品にはこれまで数多くの秀作が掲載されてきました。そこへの掲載を志す事は決して悪いことではありません。むしろモチベーションを高め、次のステップへ進む足がかりになることでしょう。しかしこのシステムで一喜一憂するのはとても危険だと考えています。そして最も気をつけなければならないのは総合順位です。芸大彫刻は彫刻ですので、塑造作品に視点が置かれていると私は考えています。極端な例を挙げますと、デッサン1位B゜素描2位B゜塑造17位Bの三点と、デッサン10位B゜素描15位B塑造1位B゜の三点の二人がいたとすれば、総合順位は前者が上になりますが、実際合格に近いのは後者と考えています。だからといって素描をやらなくていいのではありません。全てできるに越したことはありません。そして後者が安心して良いというわけでもありません。ここで言いたいのは、塑造がダメなら、総合上位だとしても危険だと言うことです。そしてこのようなことをこれからの受験生に向けて語っても良いものか悩むところですが、ブログアップされる作品意外にも、地下で何も言わず力を付けている方々がいると言うことです。(特に多浪)
 私が落ちてきた理由は何なのか。教授/芸大の課題の本質を見極めることが叶わなかったからです。正々堂々闘うことは勇気の要ることです。正統派で攻めると言うことはその分倍率も上がることを指します。実力も問われます。しかしその倍率から逃げずに打ち勝つことが受験なのではないでしょうか?
 本質とは何なのか。教授/芸大は何を求めているのか。私の思う芸大彫刻は厳しさと共に優しさがあると感じています。それは“答え”を明確に設定してくれているところです。恩師は、ある意味芸大彫刻試験はモチーフに救われている、と言いました。救いとは、答えがあると言うことです。その答えが見えたとき、そして様々な葛藤と共にその答えに向かっていった者が、東京芸大彫刻科の合格を手にするのではないでしょうか。






木藤遼太くん
東京・私立立教池袋中学校・高等学校 卒
合格大学:東京芸術大学 彫刻科
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『素晴らしき哉 浪人生』

僕は自分が素晴らしいと感じ、思って造る作品に記憶がありません。

どういう風に造ったか、どういう風に描いたかよくわかりません。

美術を始めた高三の時から今日の今まで未だによくわかりません。

もはや23年間生きてきましたが未だに自分がよくわかりません。

6回の藝大受験、5回の一次落ち。まさかの転科。信じられません。

現役から五浪まで何回やってもコンクールの結果は安定しません。

むしろ安定して出てくる不安定なコンクールの結果。笑えません。

見たまんま造ればいいんだよなんて、そんな上手くいきません。

浪人中にオリンピックを2回も観られたなんて涙が止まりません。

浪人中、一度だけ自分に同情し、あれほど後悔したことはありません。

季節も人も年齢も変わり行きますが、まだ何も失われてはいません。

僕にとってここまで浪人できたのは親のおかげです。
感謝以外ありません。

最後に
大概ちょっとやそっとじゃ人間変わりません。
自分の弱さを認め、自分に同情しないでください。
そして日々の生活をがらりと変え、

気長に空見て季節の風を感じてください。
鼻水しかでません。

ありがとうございました。

2016年03月29日

●2016合格者体験記特集

「インタビュー企画第30弾」
 2016合格者体験記特集

2016年度の合格体験記をまとめました。
それぞれにリアリティーがあります。
参考にしてください。
今年はこの一年で制作したそれぞれの塑造作品とともにご紹介します。






アイザック・レオンくん(2016年 彫刻科)
東京・都立総合芸術高等学校 卒
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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「 好きだ!!」

一浪のとき二次試験で模刻が出題され落ちました。形の狂いに気づいていたのにも関わらず、直さないでただそのまま作り込んでしまいました。終わってから、あれしてればこれしてればと悔しい思いをしながらももう1年浪人することにしました。 そこで1年前のこの日、国立西洋美術館にあるロダンの考える人を前に 「藝大生になる!彫刻家になる!」と新たに決心しました。
しかし、その熱意が入試に近づくにつれ受かることだけに意識を向けてしまい 自分との戦いではなく、他人との比較や、これがやりたい作りたい!ではなく、これをやらないといけないという惰性が続き、 意識が偏っていきました。そもそもなぜ自分が2浪までしてここにいるのか悩みに押しつぶされていました。そんなときある講師に、「好きなんだろ、普通にやりな、自然に、強引になる必要はないよ」と言われて、なぜ僕がここにいるのか、確かに藝大に合格するためだが、藝大に行きたいのは自分が彫刻をやりたいから、彫刻が好きだからだ!と新ためて気付きました。
試験前になると肩の力が抜けてきて気楽に無理しない日々を過ごし、受かる受からないではなくただ粘土に触れたい、形を作りたい、彫刻を作りたい その気持ちで試験に向かい、本番では受かる実技ではなくその時作りたかった彫刻作品を作ることが出来ました。それが合格に結び付いたのだと思います。

1年ただやりたい事をやればいいとは思いませんが、悩んで手が動かせない日々が続く人は楽しんでほしいです。何かを作るのが好き!と少しでも思っていれば、それは作品制作をする上でもっとも裏切らない気持ちだと思います。
自分は好きだったから体力的に精神的に辛い日でもどばたに行けた。
好きだったからやめられなかった。
好きだからこれからも頑張って行きたい。と思います。
1年間支えてくださった先生方、友人家族本当にありがとうございました!!






山元 佑介(2016年 彫刻科)
東京・私立明星学園高等学校 現役
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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「6年間」

赤茶色の門をくぐると、父は「俺を2回も落とした大学だ」と私に呟いた。それは小学校を卒業した春休みのこと。父に案内されてやって来た東京藝術大学で聞いた「ゲイダイ」という響きは楽園として私の耳を潤し、中学校入学前に早くも遠くまで伸びる1本の確かな道を見出すこととなったのだ。
中学校入学と同時に都内の大手美術予備校に入学し、高校1・2年生と同じ土俵で鉛筆の削り方から学ぶことになり、中2の時には初めて体験した塑造の楽しさに感動し、専攻を彫刻にすることを決意した。中3になって初めて夏季講習会で浪人生たちと絡み、その熱気に自分の腰が引けていたのを今でも覚えている。
高校生になっても中学生の時と同じ2週間に1作品のペースで木炭デッサンと塑像を繰り返し制作する日々を繰り返しながら、私はゆっくり着実に実技のレベルが上がっていくことを実感していた。
しかし、高2の終わりに突然私は今まで通っていた予備校をやめることにした。5年間、同じ場所で与えられた課題をひたすらに制作することにすっかりと慣れてしまったマンネリ感たっぷりの私の体が、果たして1年後に藝大に通用するのか不安だったからである。そこで目に入ってきたのはすいどーばた美術学院だった。それまで他人事のように眺めていたドバチョウブログも見れば見るほど身近な危機感を感じ、いま通っている予備校にはない魅力を放つ作品が作者の意思と共に伝わってきた。そんな私は考え抜いた末にすいどーばたの彫刻科にて最後の1年を過ごすことにした。
しかし、どばたに入学した時点ですでに私には5年間のキャリアがあったにも関わらず、制作における自分の癖や高飛車な姿勢は合格レベルから限りなくかけ離され、2学期に入るまでは頭部がでかくなる癖が直らなかったり、生炭が残ってギラギラなデッサンを描いたり、粘土をまとめすぎて表情が死んだり、ガーゼに頼ってモサモサのデッサンだって描いたりした。もちろん2学期に入っても公開コンクールでは現役生のライバルだった友人に1位を取られ、自分は惨敗し講師には笑われた。以前通っていた予備校に戻って公開コンクールに参加しても、今まで抑えていた癖が全面的に出てしまい、B’をとって「どばたで何やってたの?」と言われて泣いたりもした。このまま来年も予備校に通う自分が想像できてしまったことにとてつもない恐怖と不安を感じ、いわゆるスランプの時期が12月まで続いた。個性と癖の違いが分からなかったり、モチーフを見ることとは何なのか分からなくなったり、紙と手の構成素描で折り紙の鶴を折ったら講師に怒られたりした。年が明けてからは受験に向けての程よい緊張感によるモチーフに対する熱い視線と自分の実技レベルを冷静に客観視する姿勢を両立させることで、自分の作品の魅力と基本的な抑えどころが噛み合っていくように心掛けた結果、入試直前のコンクールにて浪人生をおさえて上位に入ることが出来たりした。そんなこともあって2月頃には絶対に現役で藝大に合格するぞと感じる気合いと自分の作品が比例していき、今まで恐怖の対象だったグングン伸びていく現役生も恐れない気持ちになれ、むしろ一緒に合格していく仲間なんだと感じられた。おかげで試験当日のジョルジョも真面目で冷静にデッサン出来たし、大石膏室の騎馬像も感動で泣きそうになりながらカッコイイ素描が描けたし、6年間で1度しか作ったことのなかったハトも心臓バクバクながらも丁寧に当たり前のことをおさえて作れた。
結論を言うと、1年前にすいどーばたの彫刻科に来たことは最終的に藝大合格へと繋がり、正解となった。テクニックに頼った受け身な作品を制作するようになっていた私にとって、柔軟な考えを持ったすいどーばたの周りの生徒の作品や、大勢の講師の適度で質の高い指導、大量の参考作品などは、私自身の表現の幅を飛躍的に広げてくれ、大学に入ってから自分1人で考えて行動していくための責任感と機動力を身につけることが出来た。いい意味で1年間という短い間だけお世話になったすいどーばたと、5年間じっくりと長い間お世話になった以前通っていた予備校無くして6年前に見出した道は存在し続けることはなかった。
ひとことで合格と言っても、人それぞれ受験勉強を始めた時期もきっかけも、受験勉強が終わる時期もきっかけも多種多様だと思う。勉強の仕方も合格の仕方も、志望大学へ臨む人の数だけドラマがあっていいと思うし、これから受験勉強が始まる人は、是非自分だけの合格の勝ち取り方を作り出してほしいと思う。






川合 香鈴さん(2016年 彫刻科)
東京・私立専修大学附属高等学校 卒
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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「向き合う」

周りに甘えて自分を甘やかした1浪、周りを拒絶してストイックに自分を責めた2浪、今考えると、「何やってんだ!」とあの頃の自分に蹴りをいれたくなる。けれど、反面、「よく頑張った!」とチョコを買ってあげたくもなる。3浪目の今年、こんなにも素敵な1年になったのは、間違いなくあの頃の私がいたからだろう。

1浪目の私はとにかく甘かった。周りの人の助け船にふんぞり返って乗った。このまま合格まで導いてもらえると思った。自分と向き合うことなんて、しなかった。

それではダメだと気付いた2浪は、頑固一徹、周りの力なんて借りないと決めた。毎日怖い顔をしていた。他人の言葉に、ほとんど耳を貸さなかった。全部自分でなんとかした、つもりになっていた。
結局、そんなことはなくて、毎日だれかが助けてくれていたけれど。

3浪もしてしまった。でもたかが3浪。1浪目で周りの力を借りることを知り、2浪目で自分と向き合うことを知り、最後に知ったのは他人と向き合うこと。一緒に頑張る仲間、導いてくれる講師、応援してくれる家族。自分と向き合うことが辛くなっても、その時はかわりにだれかが向き合ってくれる。だから自分も、凝り固まらずに他人と向き合おう。ただ、それだけのことだった。技術がどうとか、才能がどうとか、そんなことではない。私に向き合ってくれる沢山の人の中に私自身もいて、だから私もその人たちと向き合う。受験に向かう心が、これでどんなに軽くなったことか。3浪もしてようやく気づけた。間違いなく意味のある3年だった。周りの人たちには長い3年だったと思う。だから、私に向き合ってくれた全ての人に感謝を捧げて、これを、私の合格体験記の「シメ」とさせて頂きます。






小野 海くん(2016年 彫刻科)
兵庫・県立明石高等学校 卒
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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「受験という美術」

受験はギャンブルではない。本番でしっかりと実力を発揮し合格をつかむ。そのために自分の中にしっかりとしたプロセスを確立する。過程を結果に結び付ける力を。
これが自分の受験でした。
では「実力」とは何でしょうか?自分の120%の実技のことでしょうか。自分はそうは思いません。
大失敗した、あぁもう全然楽しくない、普通になってしまった…って時でもB°を置ける力こそが「実力」だと思います。
これは技術どうのこうのではなく、精神的なことだと思います。

『有為転変を乗り越えよ、不壊不動の境地に至れ。』
これは、毎日毎日色々あるけど、何があってもブレない強い心を持ちましょう。という意味です。
自分は今年、常にこの言葉を握りしめてました。自分が弱いからです。すぐに人に頼ってしまうからです。けっきょく一人です。自分ができることしかできません。こんなの当たり前のことですが、自分を自分だけにするというのは意外と難しいことでした。
天気が、気温が、木炭が、紙が、家族が、講師が、友達が、恋人が…etc.
自分以外に原因を作るのは簡単なことです。しかしそれは自分でコントロールできません。自分の周りで何があろうと、何を言われようと自分以外に期待しない、影響されない精神。コントロールできるのは自分自身だけだという意識が常に必要だと思います。


ここまでに書いたことは、ぼくが2浪して見つけた、ぼくの弱さを克服するために自分に言い聞かせた考えです。
正直、考えすぎだと思います。(笑)
すぐに甘えてしまうので無理して自分を追い込んだりもしました。
ぼくは本来 そんなにストイックな方じゃありません。本音では、楽しいことが一番だ!!っていうタイプです。でもそれこそがもの作りをする上で何より大切なことだと思います。楽しくなけりゃやる意味ありません。
課題である前に美術であること。受験である前に娯楽であることを忘れないでほしいです。
とはいっても 受験ですから独りよがりになってはいけません。 モチーフや見る側に歩み寄ることも必要です。
でもあんまり考え過ぎてもつまらない作品になるし… あぁ矛盾だらけで苦しい、、
自分の世界観と他人の感覚、主観と客観、情熱と冷静、美術と受験、どれも同じことだし両立させるのは本当に大変なことですが、そのバランスを探り当てることこそ自己表現において最も重要で楽しいことではないでしょうか。

受験というのは自分を見つめること、自分を受け入れることだと思います。どんなに見てくれの良い作品が作れたとしても、自分の中の本当の自分と向き合えていなければ合格はできないんだと思います。
いったいなんの順番で合格するのか?きっと上手い人順ではありません。

最後に、今日ここに書いたことは模範解答でも何でもありません。その名の通りぼくのただの体験記です。

自分にしかできないこと、自分にしか作れないものを作ってください。






堀内 万希子さん(2016年 彫刻科)
東京・都立総合芸術高等学校 現役
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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「自分を見つめて」

はじめに、ここに今から書く体験記はあくまで私が感じたことなので「こういう考え方をしなくちゃいけない」とは思わず、こういう考え方もあるんだな、ぐらいの気持ちで読んで下さい。

受験と戦っていく上でぶつかる壁は沢山ありますが、それぞれの壁には共通点があり、
それは「周りに呑まれないこと」です。

高校3年、どばたに通いはじめた当初私は「彫刻科だからこんなデッサンを描かないといけない、こんな粘土付けをしなきゃいけない」という 染まらなければ という思いにかられ、自分の作品に自信が持てずにいました。
しかし時間が経つにつれて気がついたことは、
良いとされているものを描ける、造れるようになることが重要なのではなく、
自分が持っている周りにない良さを引き出し、誰もが納得するレベルまで磨いていくことが重要なのだということでした。

私の「良さ」は高校1、2年生のときに没頭していた個人の作品制作にありました。
コンセプトを考えることや空間を取り入れることに重点を置いた制作、一つ一つの作品に意図をこめて制作することが受験でも活かされ、今回の結果に繋がっていったのかなと思います。

皆さんもゆっくりとした冷静な気持ちになって自身の作品や、今までに体験したことを見つめ直してみて下さい。
きっと他の人にはない、自分だけの良さがあるはずです。 
今見つけられなくても、それは受験当日に発見できたりするものです。
途中で間違っても構いません、3歩進んで2歩下がる。最後には5歩ぐらい進めます。
焦らず、落ち着いた心で修練を重ねていって下さい!






轟木 麻左臣くん(2016年 彫刻科)
東京・都立福生高等学校 卒
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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「人は人、自分は自分」

周りが羨ましかった
私にないものを持っていた
それがほしくて真似ばかりしていたが
それはあくまでも真似事であって自分のものではなかった

ある時気づかされたのは
自分にしか感じれない作れないものがあるんだということ
自分が持っているものを
腰を据えて地道に磨いていくしかないんだということでした

過程は人それぞれだと思います
私は時間がかかってしまいましたが
早足で通りすぎていたら知らなかったであろう様々な事を学べたと思っています

こんな私を見放さず助言をしてくださった講師の方々、友人達、家族。
成長させてくれた皆さんに
ただただ感謝です

これからも地道に一歩づつ進んでいこうと思います

本当にありがとうございました






山崎 千里くん(2016年 彫刻科)
静岡・県立沼津西高等学校 現役
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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「自分にあった目標を」

高校生の皆さん大きな夢、目標持っていますか?
僕はもっていました!
芸大への進学はそのための通過点として考えていました。でも漠然と大きな目標をだけを持っていても自分のしなければならない事を見失ってしまうことがあるかもしれません。そこで僕はまずは芸大合格という近い目標を立てそれに向かいまっしぐらに美術に打ち込みました。そしてその中でさらに小さな、前のものよりいいものを描く、造るという目標も立てました。
前の自分に絶対に負けたくない、前の方がよかったと言われたくないという思いがよりいっそうその目標を意識させました。そのおかげか自分でも一枚一枚描くごとに一つ一つ造るごとに自分の実力が上がっている事を実感出来ました。
結局塑造に関しては芸大に受かることは出来ましたが、まだまだの状態です。
ですが芸大に受かったところで終わりではなく、次はまた新たな目標ができ最終的には初めに持った大きな夢、目標を実現出来るようこれからも鍛錬していきます。
皆さんも大きな目標、小さな目標を使い分け無理なく自分モチベーションを保ち美術に打ち込んで下さい。






木村 知史くん(2016年 彫刻科)
京都・市立銅駝美術工芸高等学校 卒
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
東京造形大学 彫刻専攻領域
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「すべてを味方に」

知っている人や知っていない人もいるかもしれませんが、彫刻科では粘土で作品を造る時、芯棒というものをつくります。
この時しっかりしておかないと重さで像が倒れたり落っこちたりしてしまいます。
僕はある日芯棒の芯を”心”という字で書いて人から「芯と書かないの?」と言われました。どちらもほぼ同じ意味なのですが、僕は心の方が気に入って使っていました。なぜだろうと考えると作品を造ることと自分の心に大きなつながりを感じたからだと思います。
人の心も彫刻と同じで”心棒”がしっかりしていないと大変だということです。
僕はその心の問題で一浪の時に大きく悩み、そのまま二浪をむかえました。
技術だったりおさえるべきポイント、人から見てどう思われるか、そんなことばかり考えながら制作していました。
ですが結局は見抜かれてしまいます。
自分のやりたいこと、主張、そして心がぐらついていたのです。
視点が無い、強さが無い、それは目に見えない形で自分の作品に反映されていました。
ではいったい何がそうさせているのだろうと考える、、、
そもそもなぜ東京芸大に受かりたいのか
自分の彫刻を見る態度はどうだろう
彫刻がなぜ好きなのか
どこで彫刻を知ったのか
自分はどこで生まれどこで育ち今に至るのか
そういう生い立ちみたいなものまで視野を広げて感じてみる。
そしてそこから生まれるネガティブやポジティブな感情、、、
肝心なのはそこから自分が何をくみ取って強い心(芯)をつくりあげるか、
それは人ひとりによって違います。
でもそれを考え始めたら最後、制作に対しての劣等感や不安、ネガティブな考えは吹き飛んでいました。
自分の過去に対する感情は簡単に変えられるものでは無い、それならいっそすべて自分の味方にしてしまえばいいと思ったのです。
そう思えたのは先生や仲間が集まる空間としてのすいどーばたがあったおかげです。純粋にやりたいことを探求できる時間、外に出て作品を鑑賞する時間、たわいも無い話をする時間、悔しい時間、感動する時間そういった時間たちがこの学校には流れている、そしてそこで磨かれた感覚は自分は大切にしなければならないと思っています。
改めてすいどーばたにありがとう!
そして地方からもし来るか来ないか迷っている人は、ぜひ見に来てください。
きっと発見があると思いますよ!






葛城 龍哉くん(2016年 彫刻科)
埼玉・私立浦和実業学園高等学校 卒
合格大学:
東京芸術大学 彫刻科
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「道のり」


自分は小さい頃にものを作るのが好きな子供でアーティストになるという漠然とした夢をもっていました。
小学校のときは特に絵画が好きで、父親にダリの画集を買ってもらったのを覚えています。
しかし、中学校に入ると美術の授業は週に1時限となり、美術に触れる機会は減ってしまいました。(このときの夢は宇宙飛行士でした。)
自分は美術系の高校に入ろうと考えていたのですが担任や親は普通の高校に行けと言い、自分は普通の高校に行きました。ですが、そこには美術の授業はありませんでした。
自分は理系の道に進み普通に勉強して普通の理系の大学に入り普通の企業に就職するつもりでいました。
しかし、大学の試験中にこのままこの大学に入って4年間過ごしてそこそこの企業で働くことを本当に自分が望んでいるのかと疑問に思い本当に自分が小さいときからやりたい事が美術であったことを思い出し数学の答案を白紙で出しました。

ここから自分の「どばた」での浪人が始まりました。

親は自分のことを理解してくれて浪人することを許してくれました。本当に感謝しています。

どばたにとりあえず体験入学に行きました。
自分はそこそこ絵を描くことに自信を持っていましたが、どばたの体験入学で衝撃を受けました。ブルータスの首像を鉛筆でデッサンしました。何時間で描いたかは覚えてないのですが最後に講評があり体験で来ていた人のデッサンが並べられたときに自分より上手な人がたくさんいてこれまで感じたことのないほどに劣等感を物凄く感じました。
どばたの帰り道に自分はあんなやつらに勝てるわけないと思いました。
その後右も左もわからない世界だったのでどばたの基礎科から入ることにしました。木炭で描くということにカルチャーショックを受けました。基礎科に入って1ヶ月もせずに自分はすぐに受験のために昼間部に行きました。

昼間部の人たちは体験入学で見た人たちや基礎科の人たちを遥かに上回る実力でもう少し基礎科で基礎を身につけるべきだったなと後悔した反面かなり刺激になりました。
0の状態からスタートした浪人生活の中で日が経つにつれてデッサンも粘土も経験を積めば変わっていくことを知り、同年代の人たちと実技で張り合えるようになることが最初のどばたでの自分の目標でした。
デッサンや粘土はうまくいかなくてもいままで疎遠だった美術の世界に触れていることが自分はとても楽しく嬉しく思いました。
始めたばかりのときは自分の日々の成長が手に取るように実感できて本当に楽しかったです。
入試直前にはそこそこ力がついてきたのですが最初の受験は失敗しました。一次落ちでした。
当たり前の結果だったのでショックは感じませんでしたが個人的には1年だけ勉強して入れたらかっけーなとか思ってました。

そして、二浪が始まります。

春季講習、円盤投げのトルソーを模刻したのですがもはや模刻になっておらず春季講習の中盤からもう苦痛でした。
しかし、大きなものを作ったおかげで粘土のみせかたが変わりました。いままで小さな凹凸ばかり気にしていて全体性を欠いていたのを解決させてくれました。失敗したとはいえ春季講習で大きなものをやっといてよかったなと思います。
春季講習が終わり普通に昼間部が始まると二浪としてのプライドみたいなものを感じました。同年代の人たちはみんな上手でいつも尊敬していました。
そんな同年代の人たちや先輩たち、後輩たちと仲良くなりいろんな人の実技をみてたくさん刺激を受けられたので本当にすいどーばたでよかったと思いました。
二浪の模擬試験でデッサンがあまりうまくいかずぎりぎりの一次突破でしたが粘土で高く評価してもらい結果は学科落ちでしたが3位でした。とても嬉しかったです。今まで以上に努力が実ったのを実感しました。
そのときに模試の結果を見に来ていた基礎科の時の講師の方に学科落ちを爆笑されたのですが一次受かれば受かるってことじゃんと言われかなり励みになりました。
それ以降はなんの根拠もなく一次突破したら自分は合格すると信じてやっていました。
二浪の入試直前の時は一浪のときよりも緊張してデッサンコンクールでクソみたいな結果を連発しました。

そして受験が始まったのですが、二浪の受験はいろいろと事故がたくさんありました。
まずはじめに受験票がなかなか届かず受験票を再発行して送ってもらいました。
つぎに、一次試験の3日前でした。朝から気持ち悪かったのですがコンクールの素描がある日で3時間だけなら耐えられると思ったので電車で池袋に向かいました。電車ですでに胃がむかむかしていて吐けば良くなりそうな気がして池袋に着いてすぐコンビニのトイレで吐き少し楽になりました。どばたについて素描の課題が出て自分の指定された席につくと尋常ではない頭痛がし、鉛筆を持つ手が動きませんでした。これは描けないと思い中断し、家に帰り、病院に行き、ウイルス性胃腸炎と診断され、38度の熱を出し、嘔吐+下痢の猛攻を受けました。
結局、2日後熱も下がりほぼ良くなったのでおぼつかない足取りでふらふらしながらどばたに向かい試験前最後のデッサンを描きました。
そして試験当日、再発行の受験票を握りしめ一次試験に臨みました。
デッサンは大分序盤で紙の目が潰れてしまい焦っていました。
そんな時にふと三浪することが頭をよぎりました。またセンター試験を受けなければならない。ふざけるな!と思い必死になって描きました。
結果、可もなく不可もなくというようなレベルのものを置いてきてしまい帰り際は本当に死んだ魚のような目をしていたと思います。

一次の発表が自分の中ではほぼすべてだったので発表があるまで本当に緊張が続きました。

発表当日は会場で自分の番号をみつけて本当に安堵しました。と同時に本当に喜びました。

もう後は肩の力を抜いて二次試験に挑むだけだ

そう思ってました。
いざ2次試験が始まるとほぼ伝説のように言われていた大石膏室での素描で緊張と興奮で手が震えました。
3時間本当に楽しかったです。こんな経験二度とないと思うので本当にいい経験ができました。デッサンであまりいいものを描けなかった分素描と粘土で巻き返さないとと思ったのですが素描もあまり満足のいくものは描けませんでした。
粘土は模刻だったらある程度は出来たので模刻が出ることを願っていたのですが
、鳩でした。
ナマモノがあまり得意ではなかったので泣きそうでした。
しかし、講師の方が何が出てもガッツポーズしろと言っていたのを思い出したので、とりあえずガッツポーズしておきました。
自分は鳩は軽く足回りの空間が重要な鳥だと思っていたのでまず小割りを縦に4等分して建てた芯棒をつくりました。
モチーフの鳩は痩せていてとてもカッコよかったのですがあまり鳩らしくないと自分は感じました。
昼休みに昼飯を忘れていたことに気づいたのですが胃腸炎の影響かあまりお腹が空いてませんでした。しかし、何か食べないとだめだと思い友達にサンドウィッチを分けてもらいました。
午後、アトリエに入るとモチーフの鳩が太っていました。自分の中では衝撃的なことでした。鳩はこんなスピードで太るのかと。
ですが、午後の鳩のほうが鳩らしいと思ったのでプランチェンジしました。
大幅なプランチェンジのせいで鳩の全体像がおかしくなり結局残りの30分くらいに安定し始めました。
最後まで粘土を動かしていた記憶があります。

最終合格発表の日
1人で音楽を聴きながら電車に揺られて上野に到着。
正直ダメだと思っていたので変な気持ちで会場に向かいました。
上野公園を歩いていると合格の袋を持った人、何も持たずに泣いている人。日曜日で人が多かったのですが受験生たちは一目でわかりました。今まで味わったことのない緊張感を感じました。会場に着くまで吐き気がすごかったです。
会場についてから自分の番号があり信じられずに七度見くらいしました。
イヤホンを外すときに手が震えていました。嬉しいと同時に複雑な気持ちになりました。一緒に頑張ってきた仲間全員が入れる訳ではないという現実を見ました。
書類を貰いに中央棟にこそこそ向かっていたら講師に見つかり飛びつかれました。嬉しくて嬉しくて言葉にできませんでした。
これまで応援してくれた家族とすいどーばたに本当に感謝しています。

ここまでが自分の合格までの道のりです。

長くなりましたが
何を言いたいかと言うと
夢のために努力すれば夢に限りなく近づくことが出来るということです。

何ごとも諦めずにやれば必ず人は上達する。

自分は2年間すいどーばたで過ごしてそう思いました。
あと、
実技をする上で自分が大事にしていたことは
「見えたものを見えた様に表現する」ということでした。

最後まで読んで頂きありがとうございました。

2015年04月22日

●歴代現役生の芸大合格体験記

「インタビュー企画第26弾」
 歴代の現役合格者体験記特集

2007年度からこのdobachou.netを始めましたが、当時の合格体験記まで遡りそこから今年までの中で現役で東京芸大に合格した人たちの体験記をピックアップしました。

基礎科から始めた人や、通信教育の人、短期間で合格した人など、それぞれの過ごし方や考え方がありますね。
現役生、高校1.2年生、是非読んでみてください。






2007年
大石雪野(2007年彫刻科)
神奈川・県立神奈川総合高等学校 現役
合格大学:
東京芸術大学 美術学部 彫刻科
東京造形大学 造形学部美術学科 彫刻専攻
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『前進』


  私がすいどーばたで過ごした2年間の中で、最も意義があったのは、自分を高めるための行動を惜しまなかったことだと思っています。
 彫刻が強いのは「どばた」と聞いて、矢も盾もたまらず以前通っていた予備校をやめ、すいどーばたの門を叩いたのは、高校2年の春でした。私はまだ受験生ではありませんでしたが、できるだけ早く、多くの経験を積みたいと思い、その頃から夜間部に通わせていただきました。それからはただひたすらに彫刻と向き合う毎日でした。自分の課題をひとつひとつ駆逐していき、着実に上手くなっていく手応えを感じられ、とても楽しい日々を過ごしましたが、その一方で、自分の作品がだんだんと技術に凝り固まり、色褪せていっているという事実に苦しまされることになりました。そんな中助けられたのが、友人や教師の存在です。彼らに、時には力を抜き、素直に感動することの大切さを教えられ、最後には克服することができました。「どばた」で得た人とのつながりは、何にも代え難い宝になったと思います。
 私は常に危機感を抱えていました。いくら実力をつけても、満足できたことは1度もありませんでした。自分はもっと成長できる、と信じる事が、私を支える力となりました。これからも自分の可能性を信じ、生涯邁進し続けたいと思っています。






2008年
北田匠(2008年彫刻科)通信教育生
岩手・県立不来方高等学校 現役
合格大学:
東京芸術大学 美術学部 彫刻科
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『冷静と情熱の間を』


「冷静と情熱の間」入直の間、その言葉ばかりとなえていた気がする。地方ということもあって2年の始めから通信と講習会を受講してきた。3年の冬季頃には安定した実力もついてきて自信もあったが、センターを終えて入直にくると周囲がかわっていた。浪人生は今まで見たことのない馬力できてるし、現役もノーマークの奴らがやたらと上手くなっていて急に焦った。がんがん伸びる周囲の中で、安定はしていても伸び悩む自分。いつその伸びが自分に訪れるのか不安だった。目も利くようになってこのまま入ってもいいのだろうかと迷っていたとき、自分が逃げていることに気付いた。そんなことを言ったって仕方ない。今ここで受からなきゃ後悔する。勉強は一生していくもので、今を生き抜くことが大切なんだって気付いた。それから本当の受験が始まった。自分のために描こう、作ろうと思った。誰かに勝つためでもなく、誰かを喜ばすためでもなく、自分が納得するために。そうするうちに、色んなものが見えて、何もかも楽しくて、誰よりも自由に駆け回りたくなった。作品を作る上で大切なこと、それがこの言葉「冷静と情熱の間」だった。冷静にならなきゃ見えるものも見えないし、本当に伝えたいことも伝えられなくなる。かといって冷静になり過ぎてもつまらないものになってしまう。情熱的にただうちこめば良い訳でもない。その2つのバランスが絶妙に調和した時初めて、本当に自分の伝えたかった言葉が相手に伝わってくれる。よく感じ、よく観察し、思ったことを丁寧に、大胆な方法で伝える。そう出来るようやってきました。
 受験は人が決めること、そこで悩むより、貪欲に学びにいく方が実は重要だったり。
 芸大合格は自分にとってのスタート地点。どばたの存在が自分に有意義な時間を与えてくれた気がします。世界一の彫刻家になれるよう頑張ります。






2009年
相澤亮(2009年彫刻科)
埼玉・県立大宮高等学校 現役
合格大学:
東京芸術大学 美術学部 彫刻科
多摩美術大学 彫刻学科


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『悩んでる暇があったら手を動かせ!』


 僕がどばたでの生活を通して常に意識していたことは、自分を慰めないということです。夏季講習会を終えたとき、僕はそれまで自分が思っていたよりも、自分の実力はかなり低いというキツい現実を受け止めなくてはいけませんでした。このままだと、浪人してから「そう言えばあの頃は現役合格なんて夢見てたなぁ」なんて思い出すことになりかねない。かなりガックリきて落ち込みながらも、ここで自分を慰めたらだめだと思いました。ここで安心したって何の解決にもならないし、むしろ問題から目を背けることになる。実力が低いという問題が見えて落ち込んでるんだったらやるしかないじゃん!実技の悩みは手を動かして解決するしかないんだ!と半ばやけくそな気持ちになって2学期を頑張りました。やけくそになって頑張る熱い気持ちと自分を突き放して見る冷たい気持ち。この2つの気持ちをバランス良くコントロールすることが大事。ただ冷たすぎてもつまらないし、ただ熱すぎてもいいものはできない。2学期を頑張るうちにそういうことにも気がつきました。
 実力を上げなくてはいけないという問題の他に「波」をなんとかしなくてはいけないという問題がありました。僕は気分屋なところがあり、いい時と悪い時の差が激しかったのです。いくら実力をつけたところで本番で実力を出せなければ何の意味もなくなってしまう。そう思ってかなり焦っていたんですが、ここでも自分を慰めないということが解決の鍵だったと思います。上手くいった日には上手くいったところは素直に喜びつつも過度に調子に乗らないように気を付け、上手くいかなかった日には、上手くいかなかった原因を分析してみることで感情的に落ち込まないようにしてできるだけ毎日落ち着いて生活するように心掛けました。
 結局、どばたでの生活は自分を知ろうという模索の連続だったと思います。自分の能力を最大限引き出すには自分という人間を客観的に把握していないとできないはずです。僕はどばたでそういうことに気付いて少しは大人になれたかなと思います。






2010年
村田 勇気さん(2010年彫刻科)
富山・県立高岡高等学校 現役
合格大学:
東京芸術大学 美術学部 彫刻科
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『限られた時間の中で』


私のスタートはかなり遅く、実技に本腰を入れるようになったのは高校3年生の秋。塑造に取り組み始めたのもこの時期からでした。
 それまでは普通の進学校に通いラグビー部に所属し活動する傍ら、空いた時間にデッサンを重ねていたのですが、力試しに当校の公開コンクールに出てみたところ、当然の如く揮わぬ成績に終わり、大変悔しい思いをしました。それを契機として本格的に志望先へと焦点を当て始め、当校の冬季及び入試直前講座を受講するに至りました。
 受験までのごく短い時間と、圧倒的な経験不足という致命的とも言えるハンデの中、いかに他の受講生たちと比肩し得るレベルまで自分の実力を高めていくか。それが私にとっての最重要課題だったのですが、その際に実践したのが以下の4点でした。1.1日あたりの実技の絶対量を増やす。2.講師陣の指導を徹底的に実践する。3.周りの生徒のテクニックを接収する。4.参考作品を徹底して分析する。
 一見すると当たり前かつ簡単すぎる内容なのですが、、これらが絶大な効果を発揮するに充分な要素がすいどーばたには凝集されているのです。1〜4におけるそれぞれの具体例を挙げるならば、以下の通りになります。1.早朝も夜間もアトリエを使用できる。2.優秀な講師陣が熱心に指導して下さり、力をつける上での具体的なアプローチを提示して下さる。3.全国から実力者が集っている。4.膨大な資料がジャンル別に整理されている。
 このように優れた環境に囲まれていたおかげで、2ヶ月弱という短い時間の中でど素人からそこそこのレベルにまで力をつけることができました。
 こんな環境を利用しない手はありません。あなたも今スグすいどーばたへGO!!






2011年
榎田 進之介 さん(2011年 彫刻科)
東京・広尾学園高等学校 現役
合格大学:
東京芸術大学 美術学部 彫刻科
多摩美術大学 彫刻学科
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『出会い』


 ボクの体験記は芸大の1次合格発表の日からはじまります。その日ほど芸大に合格したいと思った日はないし、今まで芸大を目指してきたくせに、その日ほど芸大の厳しさを知った日はないからです。1次発表の当日、ボクは少しドキドキはしていたもののわりと楽な気持ちでその日を向かえていました。芸大の勝負は2次、1次は突破して当たり前と思っていたからです。甘く考えていたわけではありません。すいどーばた美術学院に通い、参考作品もたくさん見て、これが芸大に受かるデッサンなんだと理解してたつもりでした。その上で、1次試験前のすいどーばたのデッサンは現役、浪人ともにいままで見たことのないような素晴らしいものが並び、あまりの迫力にボクは本気でこれはほとんど全員1次合格しても全然おかしくない、自分も絶対その中にいなくてはと思いました。
 あっという間に1次が終わり発表の日、予備校の仲間たち数人と発表を見に行きました。その中で1次合格はボクだけでした。えっなぜ?みんなあんなに頑張ってたのに、すごい上手いのに、仲間たちは自分のくやしい気持ちをおさえボクに頑張れと言ってくれました。芸大の厳しさが改めてボクに重くのしかかります。みんな粘土もとても上手いのに、当然2次試験で競いあうことになると思っていたし、誰が芸大に入ってもおかしくないと思っていたのに、こんなにも厳しいなんて、ずうずうしかったかもしれませんが、みんなのくやしい思いの分もボクが合格してはらすしかないと本気で思いました。
 2次試験当日、手が出たらあの人、首像はあの人、構成はあの人、と仲間を一人一人思い浮かべます。予備校の先生、高校の先生、学校のみんな、家族を思い浮かべます。そうして挑んだ2次試験は今までとはくらべものにならない作品をボクに残さしてくれました。この結果に導いてくれたすべての出会いに深く感謝します。ありがとうございました。






2013年
室井 颯輝くん(2013年 彫刻科)通信教育生
香川・県立高松工芸高等学校 現役
合格大学:
東京芸術大学 美術学部 彫刻科
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(入直のコンクールで浪人生を押さえ2位に食い込んだデッサン。上手いというより素直なデッサンですね!)




『見ること』


 私は、高校2年の夏季講習会で初めてすいどーばたに行きました。それまで地元の高校でしか作品を作っていなかった私にとってすいどーばたの空気はとても新鮮に感じられたことを覚えています。そしてその中で私は、自分には明らかに力が足りないことに気がつきました。その後、高校に通いながら通信教育を受け、講習会の度にすいどーばたに通い、できる限りの努力をしました。コンクールの結果もある程度ついてきたこともあり、実力はかなり付いてきたと思っていました。
 しかし、冬季講習の中頃、私はかつて無いほどの不調に陥りました。
デッサンが納得いかないまま時間が過ぎ、途中で終わる。そんなことを何度も繰り返しました。原因はおおよそ分かっていました。テクニックに頼りすぎたデッサンに限界がきて、崩壊していたのです。ある先生に、「今お前のデッサンが途中で終わるのは自分でどこか引っかかってる部分があるからだ。そこで自分の手を頼るんじゃなく、目でしっかりモチーフを見て描いて欲しい。途中で終わるのはお前の目が正しい証拠だ。」と言われ、この時から意味も分からず「モチーフを見る」ということを常に課題にして作品を作りました。
初めは上手く行かず、見るってなんだ?としか思いませんでした。
しかし、少しずつモチーフを見ることができるようになってきて自分の作品がよくなっていきました。自分が納得できる「作品」を作りたい。そんなことも考えながら作品を作っていると、気づいたら、今私が作品を作る上で一番大切にしたいと思う、「モチーフを見てその感動を写し込む」ということが出来るようになっていました。
しかし、1人じゃ絶対にここまで来ることは出来ませんでした。こんなに素晴らしい事を気づかせてくれたのはやはり、今までに出会ってきた先生であり、ライバルであり、支えてくれた人々です。感謝してもしきれません。本当にありがとうございました!







2014年
笹野井 もも さん(2014年 彫刻科)通信教育生
静岡・県立清水南高等学校 現役
合格大学:
東京芸術大学 美術学部 彫刻科
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『今できることを』


私は地方の美術科のある高校に通う高校生でした。高校の先生に勧められて高校2年の夏から、何度かすいどーばたの講習会に行くようになりました。
そして高校3年の秋からは高校に通いながらすいどーばたの通信教育を受け始めました。朝早く高校に行って誰もいないアトリエでこそこそデッサンを描きました。
私は高校とすいどーばたでは指導内容や雰囲気が大きく異なるように感じていました。
自分の作品に対して多様な意見が聞ける良さと、何を吸収し次の制作に活かすべきか自分で選択しなければならない難しさがあり、2つの場所で彫刻を学ぶ上で考え悩むことがたくさんありました。
しかし入試でどんな結果が出ようと後悔や言い訳をしたくないし、良い作品を制作するために出来ることはなんでもやりたいと思って通信教育をつづけました。
入直に入ってからは、すいどーばたで一日中制作する毎日で、
通信教育では添削してもらう機会の少ない塑造が著しく良くなっていくのを感じました。
しかしこれまでがんばってきたデッサンはなかなか伸びず、
結局入直最後のコンクールまで、納得するものが描けませんでした。
先生に「自分に不足しているものに気をとられ過ぎている」と言われ、
自分がビビっていることに気づきました。
先のことはなるようにしかならないし、
いま出来ることをやるしかないじゃないかと
開き直ったら、とても気が楽になりました。
そして一次試験の3日前になって、
ようやく自分がいいなと思うデッサンが描けるようになりました。
これからも自分が納得できる作品を、
楽しみながらつくっていきたいです。
これまで私に様々な影響をくださったすべての方に感謝します。






2015年
中村 那由多さん(2015年 彫刻科)
東京・都立荻窪高等学校 現役
合格大学:
東京芸術大学 美術学部 彫刻科
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『合格体験記』


・受験前
 私のどばた体験は中学2年の夏季講習が最初です。高2からは油画科(基礎)に在籍していました。小学4年で油絵を習い始めて以来、ずっと油画指向。彫刻とはまったく縁がなく、紙粘土すらろくに扱ったことがなかったのです。それが、高2の春季講習で彫刻基礎を体験し、高3を彫刻科夜間部生としてスタートしました。転科して1年で合格するまでは、様々なエピソードがあったのです。
 それをすべて書くとキリがないので、受験直前からの出来事を実況風に綴ることにします。
 冬季と入試直前講座では、昼間部・夜間部・ときどき残業(自主クロッキー部)をこなしていたのですが、私にとって一番難しかったのは「彫刻的な」デッサンを描くことでした。そして、ついに3月に突入。
 夜間部で、石膏デッサンをしていた時のことです。ある先生が突然、
「キミ、背景付けなよ」
「……(えっ、いやいや、このデッサンあと2時間しかないんですが。それに一次まであと3日なのに今さら描き方を変えろと!?)」
「付けなよ」
「………………」
 と、言うわけで、石膏像に背景を付けるという油画時代の描き方に戻してみました。が、やはり(彫刻では背景を付けたら受からないのでは)と不安でした。
 でもそんな時、また別の先生が、「描き方なんて考えなくて良い。感じたままに描くんだ」と教えてくれました。おかげでその翌日、つまり一次試験の前日には、スッキリした気持ちで、私本来の描き方が出来た気がします。

・受験中
 私はトルソーが苦手で、一次試験の前日の夜、「神様、円盤とアムールだけは出さないでください」とお祈りしました。しかし、一次の課題はまさかのアムール。あんなに祈ったのに! すでに描く前から涙目になっていた私ですが、どばたの先輩に「ま、難しいほうに考えるな」と励まされ、どうにか冷静に画面に向かうことが出来ました。
 幸運なことに、試験場の重厚な空気感は私を落ち着かせてくれました。この空間を感じながら背景を付け、最後まであきらめずに描こう! と思った矢先。消しゴムペンの調節をしていたら、壊れちゃったのです。……正直、あきらめかけました。しかしその時。近くにいたどばたの仲間が、余分に持っていた消しゴムペンを1本貸してくれたのです。
 これで落ちたらカッコ悪すぎる! と描きまくり、一次を突破することが出来たのでした。助けてくれた仲間たちには足を向けて寝られません。
 二次試験の素描課題は、与えられた素材で立体をつくり、描くというものでした。私は気合いを入れて立体をつくり、それを遠くから眺めて(うーんカッコいい)と悦に入りました。その時点で30分経過していることに気づき、あわてて描き始めるというボケをやらかしましたが、一次に比べると落ち着いて作業出来たように思います。
 その夜、急な喉の痛みと発熱で救急病院に駆け込み、迷惑がられたのが唯一のトラブルと言えるでしょう。
 そして翌日、いよいよ、二次の塑造です。課題はアムール。(またお前か! 出たがりか! もしかして、私が出るなと言ったから怒ってるのか!?)と、軽くツッコみたくなりましたが、一次の時と違って、この出題を楽しんで受け入れることが出来ました。一次の時に励ましてくれた先輩に、謎のテンションで話しかけてしまったほどです。
「先輩、アムールですよ!」
「……う、うん、そやな」
と、微妙に引かれましたが、そのくらい落ち着いていたのです。
作業中は、彫刻的な仕事がどうこうよりも、アムールの美しさや、佇まいの上品さを、拙いなりに表現することしか考えませんでした。このときの私は、「感じたままに描く」という先生のアドバイスを、無意識に実行していたのかも知れません。

・発表
 そして発表日。13日の金曜日、うららかな上野公園内を通って、母と一緒に(どうせないんだろうな)と重い足取りで会場に向かいました。門を入り、掲示板に目を凝らすと、……あった。いやまさか、いやいやいや、と受験票を確認すると、やっぱりある。それでも信じられず門まで戻って、守衛所の係の人に訊ねました。
「番号あったらどうしたらいいんですかっ?」
「中央棟に行って手続きをしてくださいね」
と、落ち着いて道案内をしていただき、中央棟へ猛ダッシュ。書類を渡してくれるお姉さんに、
「本当に私の番号ありますか?」
「ありますよ、大丈夫ですよ(ニッコリ)」
と、ここでもまた慣れた対応をしていただき、桜色の袋を受け取って呆然とどばたに向かい、先生がたに背中をバンバンされ、ひとまず激動の受験生活が終わったのです。

・あとがき
 ダラダラと書いてきましたが、受験、楽しかったです。二次試験の昼休みに木彫室の木屑だらけの床に直に座ってお弁当を食べたのも、なんだか遠足気分でした。でも、そう思えるのも、私の受験生活を支えてくれた人たちがいたからです。
デッサンに背景を付ける楽しさを(半ば強引に)思い出させてくれた夜間の先生。
私の不安を取り除いてくれた先生。
指導してくれたすべての人たち。
励ましてくれた仲間、助けてくれた仲間、夜間部の後で一緒にクロッキーをした皆。

 受験日の朝立ち寄ったカフェで気持ちをほぐしてくれたスタッフさん、沿道でカイロを配りながら「頑張ってください」と声をかけてくれた業者さんたち、そして、発表日に一緒に猛ダッシュしてくれた母に、心よりの感謝を捧げます。

2010年12月07日

●『受験生へ!応援インタビュー』

 「インタビュー企画第15弾」
〜 受験生へ!応援インタビュー 〜


今年も残りわずか、受験生の皆さんは日々デッサンや、塑像の向上に励んでいる事と思います。ですが受験が近づくこの時期、やはりナイーブになってしまい技術的なこと意外に、メンタルが実技の内容に大きく影響してしまいます。「努力は怠ってないけどやっぱり不安だよー」なんて感じている人もいるのでは?そこで、今回のインタビューは今年合格した東京芸大一年生4人に、昨年のこの時期からを思い出してもらいながら、5つの質問に答えてもらいました。きっと不安を解消できる話が聞けると思います。ぜひ参考にしてみて下さい。


東京芸大一年生 山田亜紀 西沢紅伽 浅井拓馬 宮内素 (順不同)

インタビュアー 氷室、阿部 (以下→ 氷、阿)

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(氷)まずは4人の紹介を兼ね最初の質問をしたいと思います。

「振り返ってみて自分を自己分析するとどんなタイプの受験生でしたか?」

まず始めに、山田さんお願いします。

山田 亜紀 3浪 長野県出身(以下→ 山)

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(山)えーわたしはー地道にコツコツ系でメンタル面での浮き沈みはもろ実技に直結型でした(笑)深く考えすぎて自分で問題点を更に大きくして深みにはまる事が多かったですね。

(阿)そうだよね。脅かしじゃないけど余り深く考えちゃうと三浪とかしちゃうよね。ハマルっていうのかな?僕も三浪したけどわかるなあ・・・(しみじみ)
では、紅伽さんお願いします。

西沢 紅伽 1浪 山梨県出身(以下→ 西)

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(西)私は真面目なタイプになるのかな。良く言えば真面目というか、悪く言えば融通がきかない。決められたことをやらないと(休んだりすると)罪悪感が生まれるんです。マイペースに授業に向かうというより、決められた時間に従って動いてました。

(氷)私も近かったかも。決められた事をこなしている方が安心できるというかね。休めないタイプだったな。
浅井くんはどおだった?

浅井 拓馬 1浪 茨城県出身(以下→ 浅)

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(浅)そこそこに真面目でそこそこに適当な(笑)、楽観的でもあるけど気にしやすい所もあるみたいな、そんな若干気分屋みたいな人間なので、受験生としてはどうですかね・・・ダメな奴にならないよう、努力して頑張ってるヤツになろうとしてたヤツ・・みたいなかんじかなあ(笑)

(阿)時には無理しているのかな?って感じるくらい自分を追い込んで頑張っていたよね。
それに対して、宮内はどうだった?

宮内 素 1浪 埼玉県出身(以下→ 宮)

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(宮)かなりマイペースだったと思います。やる気があるときとそうでもないときの差が激しかったです。「頑張るけど無理はしない」が座右の銘でした(笑)

(氷)結構、肝の据わったマイペース型だったんだね!






(阿)それでは次の質問ですが、この時期に限らなくてもよいのですが

「当時取り組んでいた課題とそれに対して具体的なトレーニング法など、通常のカリキュラム以外で何かありましたか?」

山田さんお願いします。

(山)二浪の時は画集や参作見たり夜間残って講評で言われた実技の改善点を直してみて、良くなったと自分で実感して分かろうとしてました。中々上手くいきませんでしたけど(笑)三浪になったら自分が良く出来るかなと思った実技だけ残ってやってました。

(阿)それまでに色々やってきたから最後の年ってシンプルになるよね。
それに対して一年で決めた浅井くんはどう?

(浅)自分の問題点を考えながらこうかなー?こうかなー?と、自分なりには毎回色々試したりしていたつもりです。漠然としてると「思ってるのに表現できねーなー!」と、イライラしてしまい自分にも他人にも何一つ良いことがないので、「今回は粘土をこう動かしてみよう」とか「流れで見てみよう」とか、事前に何かしら目標設定はしてやるよう心がけてはいました(性格柄ガッツリ決めてかかるってわけではないんですが)。あとは、夜はなるだけ残っていました。半ば筋トレ的に自分にムチ打ちながらやっていれば、それが生きる時もあると思います。

ー少なくとも予定もないのに帰っちゃうヤツなんかに比べればー

(阿)いいねー熱いねーストイックだねー

(氷)同じ1浪の宮内くんは、浅井くんと良きライバル関係だったと思うんだけど、どうだった?

(宮)自分の場合はとにかく手を動かして経験不足を補わねばと思っていたので、夜は基本的に毎日残って講評で言われたことをやってみたり、たまに全身像デッサンや友人像などテンションの上がることをしてました。

(阿)宮内の※生ものモチーフでの実技、自画像とか印象的だったなあ。

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宮内くんの自画像

そういえば紅伽さんはいつもバイトをしていたよねえ?

(西)そうなんです。わたしは大抵バイトがあったので授業外に時間をとることがなかなか難しくて。同じ歳の浅井くんや宮内くんはいつも遅くまで残って勉強していたから焦りましたね。それにやはり彼らの実技はコンクールなどでも評価されていたので・・・だから授業内で最大限集中できるようにしていましたね。

でも直前の時期はもう人と比べるのはやめて、自分の時間をいかに濃く使えるのか、と割り切って実技に向かってました。あと、実技のテクニックをたくさん盗むために、上手な人の隣でデッサンや塑造をしてました。特に模刻なんかは上手い人と一緒だと、自分も自然に身体を沢山動かせたし、ペースがつかみやすかったですね。

(氷)自分と周りを良く観察しながら冷静に判断していたんだねー。やっぱり、より時間の使い方にはシビアになるよね。






(氷)次の質問に移りたいと思います。みなさんそれぞれ

「キッカケになった実技や出来事」

があると思うんですけど、山田さん何かありましたか?お願いします。

(山)うーん、沢山ありましたね!(笑)描写の意味をやっと理解した時に描いたラオコーンとかフォーン、円盤も然りですが、やっぱり氷室先生に教えてもらった粘土での必殺小割り法は私にとって衝撃的でした!それまで塑像で作れなかった表現がやっと作れた事で多くの悩みが芋づる式に解決されたのが印象的でしたね。

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山田さんの自刻像

(氷)必殺小割り法(笑) 本当に小さなきっかけで、ぐんぐん変わるんだあ!って私も感動したもん。考えている事が手に伝わってできる様になると感動的だよね。浅井くんもそんな出来事ある?

(浅)コレと言っては無いです。(キッパリ!)
ただ、ひとつひとつ自分の試してきたものが徐々に実を結んでくるとモチーフから見えなかったものが見えてくる、そういった喜びみたいなものは入直で如実に感じました。
そういう意味で言うと入直最後のコンクールで描いた奴隷は印象的な一枚で、「あっ? 奴隷ってこうなってんのか」「あっ? スゲーなミケランジェロ」みたいな感覚を素直に感じられたのは良かったと思います。
勿論完璧なものが描けたということではなく、そのデッサンも課題はたくさんあったし、表現できなかった。でも、「漠然と描けないで苦しい」のと「像の到達できない完成度に感動しながら負ける」のでは、感覚の次元が違うところにあると思います。

受験生のみんなも、攻めて苦しいのならそれを受け止めて「今は我慢」することだと思います。逆に、恥ずかしいものを描くのが嫌で無難な表現に逃げているようならば、それは何枚、いくつ数をこなしても意味のないことだと思います。

あと出来事で言えばとにかく色々見ることに尽きると思います。展示でも映画でも音楽でも本でも、そういったものも自分の確たる骨子になってくれると思います。

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浅井くんの奴隷デッサン

(阿)あの奴隷覚えているよ!それに夏に描いた馬頭単体も印象深かったな。こうしたい!ああしたい!の欲求って「あぁ見えているのにー描けないよー」そんなフラストレーションが元になっているよね。
紅伽さんのモチベーションって?

(西)私は誉められると伸びるタイプなので(笑)
ブルータス模刻コンクールで、初めて上位に入った時は「多浪の人とも同等に勝負できるんだ!」っていう自信ができて、模刻が楽しくなりました。それからは、上手い人の真似ではなくて、上手い人たちよりも、もっともっと見てやろう!っていう対抗心ができて、実技も変わりましたね。

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紅伽さんのブルータス模刻

(氷)質の良い対抗心が原動力になってたんだね。宮内くんもモチベーションを大事にしていた様に感じたけど、どうだった?

(宮)わりとどばた以外の場所で、新しい発見やわからなかったことに気づくことが多かったです。満員電車の中だったり、作家さんたちのお話を聞いてるときだったり、大学の試験本番中だったり。いつ何が起こるのか分からないものです。

(氷)なるほど。アンテナ張ってたんだねー。






(阿)次の質問ですが

「コンクールの成績が振るわなかった時など、落ち込んだ時どうやって自分を奮い立たせたの?」
 
紅伽さんはどう?大きな声では聞けないけど公開コンクールではどちらかっていうと3ケタに近い順位だったよね?(”汗”)

(西)あ〜っ、あの時ですね。ちょうど公開コンクールでの自分のタイミングは、実技が噛み合わない悔しさや、順位に対する焦りはありました。それもあって公開コンクールの結果に対して、あーやっぱりなって、まだまだだなーと真摯に受け止められる部分もありました。それまではキャリアのある浪人生に負けるのはしょうがないって、言い訳をしてました。だけど、戦わなきゃいけない!!って。それからは無いものねだりをやめて、自信が持てる部分だけを伸ばして、ネガティブにならない様自分のモチベーションをあげましたね。それからは、実技に向かうのが楽しくなりました。

 あと私はすっごく恋愛体質で(笑) 当時大好きな人がいたんですけど、オフの時はその人のことばっかり考えて実技から現実逃避しました。でも授業の時は頭を実技に!恋のおかげでオンとオフの切り替えが上手くいったのかなあ。 たぶん恋してなかったら、頭が実技だけになって、つぶれちゃってたと思います。

(氷)知らなかった!そんな切り替え方法もあるんだねー。
浅井君は、成績が良かったイメージがあるけど、プレッシャーを感じたり、成績が振るわなかった時はどうしてたの?

(浅)自分は高校の恩師から「君みたいなタイプは※Bマル以下はとっちゃダメ」と言われていたので(天才肌でも個性派でもない、フツーの実技をする人間なので)、Bマル行かなかったときはマズイと落ち込んだりしましたが、でもそんな落ち込みも焦りもしたところで時間の無駄なので、「次!次!」となるだけ早く忘れるようにしてました。コンクールは成績がわかりやすく出るだけの話ですし、ナーバスになりすぎるなら「じゃあお前いつもの授業はどうなんだ?」といったところだと思います。

(阿)前向きって大切だよね!宮内はどうだった?

(宮)落ちこんでいるときはとことん落ちこんでました(笑)その方が早く立ち直れる思ってたんで。どうしても元気が出ないときはどばたを休んでどっかに出かけたり、やりたいことをしてました。

(氷)時には自分なりの息抜きも大事だね。山田さんはどうだった?

(山)その日の問題はその日の内に解消させようと思い、先生方にアドバイスしてもらってました、特にそのままでも良い所は自分の中では注意して聞いていました。自分だけで考えると全部ダメだったと思い込んでお先真っ暗になりやすかったので、次の実技への希望の光りを残すためにも(笑)

(阿)今日の自分は明日の自分のためだね。






(氷、阿)最後に一言「受験生に応援のメッセージ」をお願いします。

(山)今の時期は焦りや不安、悩みがあると思いますが、まずは自分の興味のあるモチーフに向かい、捉え方が見えてくれば入直から1課題に充てる実技の時間が短くなってきても強いと思います。今はまだ、ハッキリしてなくても入直になれば自ずから出てくると思うので、焦らずに自分と対話してみて下さい。応援しています!!

(西)なんとなくの時間を減らして、濃い毎日を過ごせば、実技はめきめきと輝いていくと思います。どばたには、熱い先生と、良いライバルがたくさんいます。たくさんのモノを観て、聴いて、感じて。たくさんのヒトと話して、恋をして、泣いて、笑って。試験という限られた1日に、等身大の自分をぶつけられるように毎日を充実させて下さい!

(宮)やりたいことをやりたいようにできる奴は強いと思います。具体的じゃなくても良いから、自分なりのイメージをもって頑張ってください。あと風邪には気をつけましょう。

(浅)美大受験は自分の表現さえしっかり出来れば受かる、ある意味ではとても幸せな世界だと思います。大学へ行けばそれ以上のものを求められるし、自分も多くを求めないといけなくなります。「予備校時代の話」なんて、ずっとしてるわけにもいきません。だから、自分の表現から逃げないことが大事だと思います。人マネはしたところで所詮は人マネ、いつか絶対に苦しくなります。嫌でも自分の表現を受け入れて、それを基盤に様々な視点から強化していく。そうすればいつか、多面的に魅力あるものになると思います。
とかく僕らの世代は虚無感漂う世代ですから、それに流されないようお互い燃えていきましょう!!






(氷、阿)最後にみなさんしっかりと締めてくれました。本当にありがとうございました。4人の話を聞いていると、受験を通して様々なことを感じ、悩み、考え、自分と戦っていたのだなぁと感じました。受験生の皆さん参考になったでしょうか?夢を実現するためもう少しがんばっていきましょう。


※生ものモチーフ‥‥石膏像や模刻のような無機質なモチーフに対して、自画像、モデル、動物など有機的なモチーフ。

※Bマル(ビーマル)‥‥東京芸大一次通過レベルの評価用語、他にはa(スモールエー)やB'(ビーダッシュ)など実技の評価に対して7個の用語が使われます。

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インタビュー後の打ち上げにて。
その他の大学生活やバイトなどについてのインタビューは、また春に掲載を予定しています。お楽しみに!

2010年11月06日

●2010全国公開実技コンクール特集

「インタビュー企画第14弾」
 2010全国公開実技コンクール特集

                       担当 西嶋
すいどーばた美術学院と湘南美術学院が合同で公開実技コンクールを始めてから
早くも今年で7回目となります。
受験生からみると合同コンクールが当たり前のように思うかもしれませんが、
実際は両校のスタッフが彫刻や受験に対して広い視野をもっていないと実現しないことなのです。
そのあたりのことは以前のインタビュー記事 対談! すいどーばた主任 中瀬康志×湘南美術学院主任 佐藤武夫を読んでみてください。
すいどーばたは今年、中瀬康志の金沢美術工芸大学の教授に就任により、主任が西嶋雄志に交代しましたが、インタビューで話されていた意志は引き継いでいます。
インタビューで掲げられているように、今後もさらに、受験生にとってプラスになることを実践し発展させていきたいと考えています。

交代したばかりで大きなことは出来ませんが、今回は新たにこのような企画をしてみました。
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ーすいどーばた・湘南全10名の講師の採点総評コメント掲載ー

公開コンクールの講評は時間に限りがあり、残念ながら総評を全10名の講師に
お話ししていただくことができません。
個性的な講師が多く、それぞれの視点や意見には幅があり、全部ご紹介できたらと感じておりました。

そこで、今回は「採点直後!新鮮で率直なコメント」を各講師にお願いしました。
採点同様、相談無しの本音コメントです。採点が終わった直後にすぐ書いてくれた人、帰りの電車の中で思い出しながら書いてくれた人、翌朝までじっくり考えて書いてくれた人、それぞれです。
今回はその辺も踏まえ、コメントを送ってくれた順番に掲載したいと思います。
受験生にとって有益なこと間違いなし。
こころして読んでください。






最初に送ってくれたのが、すいどーばた美術学院彫刻科 氷室幸子さんです。
(13日 20:56送信)
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緊張の中色々な気持ちと戦った人、お疲れ様でした!!全体的には、普段やれてる力が出せたのか?!と言う印象が大きかったです。
ーブルータスー
肩を捉え動きに伴う、関係性を見る。そこから首の出方を見る。彫刻を勉強するたる者!ここを感じずに、何を描く!!もっと、大事な部分で競って欲しかったです! が、トップのデッサンから良い点と悪い点が明確に一枚の結果に出ているので、これからの課題として、確実にクリアして行って欲しいです。まだまだ、ここからが勝負!!同時に、メンタルも鍛えろー!!






続いて、すいどーばた美術学院彫刻科 虫本文のコメント。
(13日 20:58送信)
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全体としては頭部、首、両肩の構成をしっかりと捉えているデッサンが見られなかったと思います。とくに両肩の形態感と、その位置関係が弱かったように感じました。一つ一つのデッサンを見ていけば、各々に良さは見えてくるのですが、トップのデッサンからしてブルータスの構成を捕まえられていなかったのは残念です。光で見たり、形態で見たり、空間でみたり、各々にデッサンを見ていく切り口は色々あると思いますが、もっとブルータスをガチッと捕まえてきたようなデッサンがあると良かっなあと思いました。






続いて、湘南美術学院彫刻科 主任 佐藤武夫のコメントです。
(13日 21:37送信)
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魅力あるデッサンには決定的な狂いが、正確なデッサンには物足りなさがありました。
他者に何かを伝える為のデッサン力をもっと付けてください。最近、美しいものを観てますか?






続いて、湘南美術学院彫刻科 西澤利高のコメント。
(13日 22:02送信)
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今年は高校生が多かったみたいですが蓋を開けてみると例年並の内容でした。最初の印象としては全体に炭ぽい感じがして、なんだか重いというかすっきりみえなかったのが気になります。そのなかで僕は、比較的正確さと厚みがり画面余白の抜けが良いデッサンに加点しました。それと下位の方では、画面からポジティブエナジーを感じさせられるデッサンに注目しました。経験を積むまでは仕上がりを気にしないでどんどん修正をするべきです。当然真っ白い紙に真っ黒い木炭で挑んでいくワケですから画面がモコモコ炭ぽくなりますよ。ただしあるレベルまできたら描くモノだけに固執しないで、画面のなかの余白と仲良くすることをお勧めします。






続いて、湘南美術学院彫刻科 東儀悟史のコメント。
(14日 00:33送信)
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全体の傾向として描き急いでいる印象を受けました。もう少しシンプルに、軸、正中線、左右のバランス、構図、など基本的な事に時間を割きましょう。 確認の作業を増やし、表面ではなく石膏像がもってる動きや量感がダイレクトに伝わってくるデッサンを目指しましょう






続いて、湘南美術学院彫刻科 斉藤寛之のコメント。
(14日 00:55送信)
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率直な感想としては合格レベルの層にもっと厚みが欲しいところです。ブルータス像はコスチュームを追いかけながら体格や姿勢を表現しなくてはいけません。裸像と違って表に見えてこない部分に意識を持ってくることが重要になってくるのですが、観察と感覚を上手く噛み合わせて仕上げているのが少ないようにみえます。
そして、中間層やそれ以下の作品のほとんどが闇雲に表面描写に走って立体が崩れている状態に問題を感じます。
一見箱状に見えない物をいかに箱に置き換えて立体表現していく事にミソがあり、
ここから構図なりプロポーションを気にする方向に繋げていきたいものです。
これは一筋縄ではいかない感覚的な所ですが立体を作っていく上では切っても切り離せない基本要素なので経験を積み重ねながら切磋琢磨していって欲しいです。






続いて、すいどーばた美術学院彫刻科 竹花哲のコメント。
(14日 02:03送信)
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公開コンクールに参加した皆様、お疲れ様でした。みんな頑張りましたね。
今回の公開コンクールの全体の印象は、まだ11月なので荒削りな感じもありましたが、それは良い意味で、元気良く積極的な印象が感じられ良かったと思います。
採点の評価で優秀なaも出ましたね。
私の採点基準は、構図、印象、動き、形態、調子の美しさ、描き込みの魅力、空間意識
の7つを重要なポイントとして、それらのバランスを見ながら採点しました。
この時期に確認しておきたい大切な(基本)ポイントです。
自分自身の「デッサンの基本」を公開コンクールをキッカケに確認してみて下さい。
入試まで時間はまだあるので、焦らずじっくり、描写の自己ベストを、日々、塗り替えるような気持ち(自然体で前向きに)そして新たな発見を楽しみながら、取り組んでみて下さい。
見る人が感動できるような、リアリティーある(合格できる)デッサンになるよう、期待しサポートしていきます。
冬季講習会も参加できる学生は、気軽に声をかけてください。






続いて、すいどーばた美術学院彫刻科 主任 西嶋雄志のコメント。
(14日 06:32送信)
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11月という時期を考えると6時間という制作時間としては、良く描いていると思います。ですが、描き上げるのがやっとで、全体に構造の弱いデッサンが並んだなぁという印象です。 石膏胸像デッサンは、首回りの空間の捉え方が大事になります。ブルータスの場合は、首を強く曲げ、胸を張り出し、それらのバランスを両肩でとっています。特に左肩と頭部の関係はシビアで、力の流れや動きの要になっています。 そういった観点で皆さんのデッサンをみると、ほとんどが何となく即物的に現象を追いかけているように感じます。数枚、体をガッチリととらえているものがありましたが、残念ながら頭部の印象が悪く評価出来ませんでした。 皆さんへのメセージとしては、彫刻科のデッサンなので、石膏像を彫刻として捉えましょう。ミケランジェロの気持ちになってもう一度、ブルータスを観察してください。 これから受験までの4ヶ月弱をどのように過ごすかが大事です。今回自分の力が出せた人、出し切れなかった人、その結果も含めてこれが今の実力として受け止め、自分自身の課題をあらたに設定し、前向きに取り組んでください。






続いて、すいどーばた美術学院彫刻科 吉田朗のコメント。
(14日 07:41送信)
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少し厳しい意見になってしまうが、今回の全国公開コンクールでは彫刻的ポイントを押さえつつ、描き上がっているデッサンは無かったと思う。 絵として仕上げにいくことのみを最優先にしている作品が、結果として多く上位に残ってしまったように感じた。 絵づらの面白さや顔面の印象は大切な要素だが、ブルータスの持つ力強い量感やねじれを捉え、彫刻を志すものだからこそ反応し得る形態を探すことは、デッサン、素描、塑造のつながりを考えると非常に重要だと思う。 今回、上位の入ったデッサンには残念ながら塑造力を感じるものは少なく、今後の勉強を考えたとき、先細りや行き詰まり感を感じてしまう。 上位に入った皆さんも、自分のデッサンを人体として見て、どのような動きがあるか、どんな組み立てになっているか確認すると、簡単にいくつかの問題点を見つけられると思う。 コンクールの上位デッサンをイメージするのではなく、一段もしくはさらにもう一段高いレベルをイメージしながら、残りの日々を送ってもらいたい。 厳しいことばかりになってしまったが、今回は例年になく新鮮な視点のデッサンや、様々な描画材の扱い方をするデッサンが上位にも多く見ることができた。表現の幅に広がりを感じられ、バリエーションのある作品群を全国公開コンクールという場で見ることができたのは、非常に良かった点だと思う。






続いて、すいどーばた美術学院彫刻科 阿部光成のコメント。
(14日 08:37送信)
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僕の採点のポイントはまずバランスですね。そこが怪しいのはどんなに内容が良くても高い点数は付けられませんでした。また下位の方にいい仕事しているデッサンが何枚かあったのですが、顔の印象が悪くどうしても点数を入れられないのもありました。些細なミスが大きな順位の差になっていると思います。6時間の短い時間で仕事の優先順位を間違わないようにしたいですね。


以上、10名のコメントでした。
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皆さんが感じたことと共通するコメントはありましたか?
または、全然違ったコメントはありましたか?
そうやって自分の中に価値基準を構築していくことはデッサンを描くことと同じくらい大切なことです。

入試まで各々力をつけてください。

2010年06月01日

●2009合格者体験記特集

「インタビュー企画第13弾」
 2009合格者体験記特集

2008年度に続き2009年度の合格体験記をまとめました。
wabや入学案内に載っていますが、こちらにご紹介しようと思います。
それぞれにリアリティーがあります。
参考にしてください。






「浪人して気付いたこと」
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白井翔平(兵庫県立明石高等学校 1浪)
東京芸術大学彫刻科 合格
金沢美術工芸大学彫刻科 合格
多摩美術大学彫刻学科 合格
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 まず僕が思ったのは、今年浪人してとても良かったということです。今年1年勉強して、1年前の僕は本当に何も分かっていなかったということに気がつきました。現役のときに先生から、1次は通ると言われていたので、それを信じて全力でやりきりました。その結果1次落ち…。落ちたことは残念だったのですが、それよりもなぜだめだったのか分からなかったのがショックでした。今のままでは全然だめなんだということを強く感じました。
 それから自分の実力を上げるために毎日頑張りました。毎回の講評でいろんなことを言われました。弱いとか、構造的に…とか、動きを…だとか。彫刻のことを沢山考えて自分にないものを沢山吸収しよう、弱点を克服しようと努力してきました。しかし、やはりそう簡単にはいきませんでした。やってもやっても納得いくものはできず、上達しているどころか逆にどんどん悪化してさえいるような感覚に陥りました。まるで出口のない深く暗いジャングルの中をさまよっているような気持ちでした。ストレスはたまり、自信はどんどんなくなっていき、しまいには完全に落ち込んで、どうしようもなくなり、目の前が真っ暗になりました。そのとき、命綱になったのが友達の存在でした。友達と話し合ったり、励まされたり、一緒に遊んだりしているうちに、煮詰まっていた僕の心は次第に晴れ、やる気と平常心が戻ってきました。友達と一緒にすごすことは僕にとってとてもいいリフレッシュになりました。そして僕はもう1度ゼロからスタートしようと思いました。すると徐々に調子を上げていき、それに伴い自信もついてきました。いつのまにか、できなかったこともできるようになっていたので、苦しい時期は無駄ではなかったように思います。やはり気持ちが萎えている時はいいものができないもので、それでまたストレスがたまるという悪循環になるので、それを1回断つ為に気分転換するということは大事なことなんだなと思いました。
 それともう1つ大事なことに気付けました。それはとても当たり前のことですが、良く観察するということです。これは本当に死ぬまで重要なことだと思います。同時にとても楽しいことです。その対象がどのように存在しているのか、それを自分なりに解釈し、表現する。何気なく読んでいた美術の教科書にそのようなことが書いてありました。そう言えば、先生方が毎回言っていることでした。本当に気付けてよかったです。
 最後になりましたが、成長する場を与えてくれたすいどーばた様、先生方、両親、友達に感謝します。ありがとうございました。






「悩んでる暇があったら手を動かせ!」

相澤亮(埼玉県立大宮高等学校 現役)
東京芸術大学彫刻科 合格
多摩美術大学彫刻学科 合格
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 僕がどばたでの生活を通して常に意識していたことは、自分を慰めないということです。夏季講習会を終えたとき、僕はそれまで自分が思っていたよりも、自分の実力はかなり低いというキツい現実を受け止めなくてはいけませんでした。このままだと、浪人してから「そう言えばあの頃は現役合格なんて夢見てたなぁ」なんて思い出すことになりかねない。かなりガックリきて落ち込みながらも、ここで自分を慰めたらだめだと思いました。ここで安心したって何の解決にもならないし、むしろ問題から目を背けることになる。実力が低いという問題が見えて落ち込んでるんだったらやるしかないじゃん!実技の悩みは手を動かして解決するしかないんだ!と半ばやけくそな気持ちになって2学期を頑張りました。やけくそになって頑張る熱い気持ちと自分を突き放して見る冷たい気持ち。この2つの気持ちをバランス良くコントロールすることが大事。ただ冷たすぎてもつまらないし、ただ熱すぎてもいいものはできない。2学期を頑張るうちにそういうことにも気がつきました。
 実力を上げなくてはいけないという問題の他に「波」をなんとかしなくてはいけないという問題がありました。僕は気分屋なところがあり、いい時と悪い時の差が激しかったのです。いくら実力をつけたところで本番で実力を出せなければ何の意味もなくなってしまう。そう思ってかなり焦っていたんですが、ここでも自分を慰めないということが解決の鍵だったと思います。上手くいった日には上手くいったところは素直に喜びつつも過度に調子に乗らないように気を付け、上手くいかなかった日には、上手くいかなかった原因を分析してみることで感情的に落ち込まないようにしてできるだけ毎日落ち着いて生活するように心掛けました。
 結局、どばたでの生活は自分を知ろうという模索の連続だったと思います。自分の能力を最大限引き出すには自分という人間を客観的に把握していないとできないはずです。僕はどばたでそういうことに気付いて少しは大人になれたかなと思います。






「自分と受験の距離」
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工藤湖太郎(東京都立青山高等学校 2浪)
東京芸術大学 彫刻科 合格
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当たり前といえば当たり前ですが、僕は受験というものが好きじゃありませんでした。受験に限らず、優劣や勝ち敗け、競争といった誰かと比べてしか自分の成果や評価が認められないものについて考えると、無性にやるせない気持になりました。こと受験はどれだけ努力し成長しても、そんなこと知るかとばかりに僕を煽り、焦らせ、不安にし、プレッシャーとしてのしかかってきました。1浪時代、僕はそんな現実から逃げるように屋上に登って人と距離を置き続け、受験のマイナス要素を自分の心に根付かせまいと徒労を重ねた末、一次試験で落ちました。マイナスを拒絶し過ぎたせいか、落ちてもショックすら受けませんでした。傷つくことがなければ、得ることもない。内向的かつ不毛な葛藤の中、「お前はもっと伸びると思ったんだけどな・・・」と言った先生の一言がいつまでも心に残っていました。一次試験の結果発表から新学期までの約1ヶ月間、僕は全く受験から離れて過ごしました。毎日のように遊び、映画をみて、行きたかったいろんな展示会にも行き、様々な作品から感銘を受けました。そして新学期が始まり改めて受験に向き合ってみると、それは今までとは全く違った見え方をしていました。自分と受験との間に適切な距離のようなものができていて、受験が与える焦燥、不安、プレッシャーというものが以前よりもスケールダウンして感じられました。1浪目を振り返ってみて、それまでの自分が不器用にも受験とゼロ距離で接していたことにも気づきました。友達とする日々の他愛無い会話が活力剤となって、多少の不安やプレッシャーには耐えられるようになりました。同時に現実逃避もほとんどしなくなりました。受験生最後の1年間は悩むこともあったけれど、それも含めて発見と前進の連続でした。どばたとそこで出会った人たちにはいろんなことを学び、今は感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。

2010年05月25日

●2008合格者体験記特集

「インタビュー企画第12弾」
 2008合格者体験記特集

2008年度芸大に合格した学生の体験記がwabや入学案内に載っていますが、
こちらにまとめてみようと思います。
それぞれにリアリティーがあります。
参考にしてください。




・セント・ジョセフ
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佐藤真莉子(1浪・大妻中野高校)
武蔵野美術大学 彫刻科/東京芸術大学 彫刻科 合格
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4月、1浪することが決まった私は、こうなったらどばたの星になってやる!と誓った。
 しかし現実はそう甘いものではなく、実際に始まったのは悩める日々だった。見ている様で見えていない形、描いたはずの絵がいつの間にか消えていく摩訶不思議現象、頑張って描いたのに強引といわれる絵。謎が謎をよび、不安が不安をよび、いつの間にかデッサンに対する姿勢が変わっていってしまった。好きなことが次第に苦手になり嫌になっていった。自分が今までどうやってデッサンをしていたか分からなくなり絵を描く方法論にたよった。当然コンクールの結果もついてこなかった。
 デッサンが描けない自分に残されたものはもう塑造しかないと思った。塑造だけは誰よりも上手くなろうと決意した。塑造は大好きだった。粘土に触るだけで身も心も癒された。しかしデッサンと塑造の溝は深まるばかりで塑造が好きになればなるほどデッサンへの苦手意識は強くなった。
 そんな中むかえた本番。奇跡だと思った。試験のデッサンのモチーフは、今まで私がどんなに辛い時期でも必ず描けてきた1番好きな石膏像だった。自分の席を前にして、1年間私が苦しんできたのはこの1枚を仕上げる為だったんだと分かった。偶然と言われたらそれまでだけど、私には本当にはっきりとそう感じた。試験中にも関わらず泣きそうになった。
 1年間、満足できた絵はこれっぽっちもない。でも、良い絵を描くためにしてきた様々な努力は絶対に嘘をつかないのだと分かった。それが分かっただけでも私にとっての1年の成果はあったのだと思う。
 最後に、私が猛烈にしんどくてもどばたに通ってこられたのは友人や先生のいるどばたが大好きだったからです。長い間お世話になりました。本当にありがとうございました!




・私の本気≠本気の私
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増渕剛志(多浪・小山高校)
東京芸術大学 彫刻科 合格
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「本気でやってるの?」
この言葉で私の自信は見事に打ち砕かれた。すいどーばたに入学して三年。塑造だけは絶対の自信があったが、よりによってそれを否定されるとは夢にも思わなかった。芸大に二度目の烙印を押された去年の春、変化を求めて受験とは関係のないところで生きる作家に作品を見てもらった。受験生だろうがプロだろうが関係ない、お前の作品はすべてにおいて中途半端だと言われた。ショックだった。プロとしての作家の厳しさをまざまざと見せつけられた。今思えば確かにその作品は基本を抑えただけのものに過ぎなかった。いつの間にか時間がないことを言い訳にし、これくらいでいいやという気持ちが体中に染み込んでいた。所詮自分の塑造は受験レベルなのだということを自覚し、大学に入ってからの仕事を、作家としての自分を意識することにより、日々の実技に対するモチベーションを高めていった。「本当にこれで良いのか。」「お前の見ている世界はこんなものか。」自問自答を繰り返し、少しでも実技に対する甘い考えを消し去るように自分を突き放し客観性の充実に努めていった。
そして最後の一ヶ月。高まる緊張と不安の中で守りに入ろうとする自分を奮い立たせるように覚悟を決めた。「行くしかない。」攻めの描きだし、攻めの確認,攻めの描写。思いっきり描いて思いっきり直す。手が自然と動くうちに描くのが怖くなくなった。昨日よりも今日、今日よりも明日、明日よりも明後日、自分の限界を超えていくという前向きな気持ちが実技を後押ししてくれたように思う。引っ込み思案だった私をいつの間にか受験が変えてくれた。この受験を通して最後まであきらめず前に進んでいく大切さを学んだような気がする。まだまだ自分に対する甘さは拭いきれず未熟ではあるけれど、そんな自分にこれからも厳しくいつまでも問い続けていきたい「本気でやっているのか。」と。




・彫刻科の皆様へ
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岡島飛鳥(1浪・芝浦工業大学柏高校)
東京芸術大学 彫刻科/東京造形大学 美術学部彫刻専攻 合格
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この1年で見つけたことといったら、彫刻の量や動き、力、などもそうなんだけれども、1番大きなものは「人」であったと思うんです。朝どばたに来て、いつでも誰かが笑っていて、どうでもいいようなことなんかを話して、制作中は皆、性格悪そうに見えるし、真剣に話してみれば皆本当に熱くて。そんな人の中、1年間過ごしてきました。本当に幸せでした。全員が同じモチーフに向かって、色々な制約のある中で制作をすることは、異様なことであるのかもしれません。けれど、だからこそ気付くことができた「人」と「自分」もあったんじゃないかなんて思いもしています。入直のコンクールで全員の作品がひと部屋に並べられた時、どれもみんな違っていて、面白くて、いいなって素直に思いました。なんだかその頃には自分のことを認められるようになっていました。このたくさんの中のひとつであれて良かったと思ったんです。
 これが僕の1年間の全てです。この1年が自分の分厚い皮膚になってしまうような気がしています。本当にありがとう。またね。




・冷静と情熱の間を
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北田匠(現役・岩手県立不来方高等学校)
東京芸術大学 彫刻科 合格
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「冷静と情熱の間」入直の間、その言葉ばかりとなえていた気がする。地方ということもあって2年の始めから通信と講習会を受講してきた。3年の冬季頃には安定した実力もついてきて自信もあったが、センターを終えて入直にくると周囲がかわっていた。浪人生は今まで見たことのない馬力できてるし、現役もノーマークの奴らがやたらと上手くなっていて急に焦った。がんがん伸びる周囲の中で、安定はしていても伸び悩む自分。いつその伸びが自分に訪れるのか不安だった。目も利くようになってこのまま入ってもいいのだろうかと迷っていたとき、自分が逃げていることに気付いた。そんなことを言ったって仕方ない。今ここで受からなきゃ後悔する。勉強は一生していくもので、今を生き抜くことが大切なんだって気付いた。それから本当の受験が始まった。自分のために描こう、作ろうと思った。誰かに勝つためでもなく、誰かを喜ばすためでもなく、自分が納得するために。そうするうちに、色んなものが見えて、何もかも楽しくて、誰よりも自由に駆け回りたくなった。作品を作る上で大切なこと、それがこの言葉「冷静と情熱の間」だった。冷静にならなきゃ見えるものも見えないし、本当に伝えたいことも伝えられなくなる。かといって冷静になり過ぎてもつまらないものになってしまう。情熱的にただうちこめば良い訳でもない。その2つのバランスが絶妙に調和した時初めて、本当に自分の伝えたかった言葉が相手に伝わってくれる。よく感じ、よく観察し、思ったことを丁寧に、大胆な方法で伝える。そう出来るようやってきました。
 受験は人が決めること、そこで悩むより、貪欲に学びにいく方が実は重要だったり。
 芸大合格は自分にとってのスタート地点。どばたの存在が自分に有意義な時間を与えてくれた気がします。世界一の彫刻家になれるよう頑張ります。

2009年06月23日

●インタビュー/社会人受験生に聞く

「インタビュー企画第8弾」
佐藤えりか(東京芸術大学彫刻科1年) × 中瀬康志(彫刻科主任)
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中瀬:
今日は社会人を長く経験しながら一念発起し美大受験を志し、見事、今年度、東京芸術大学に合格しました佐藤えりかさんに来てもらいました。美大受験までの経緯から大学での様子など様々な角度からインタビューを試みたいと思いますので、佐藤さん、どうぞ宜しく!
佐藤:
こちらこそ宜しくお願いします。
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■ 自己紹介 ■受験までのプロセス
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中瀬:
*さて、ここ数年、一般大学を卒業した人、あるいは社会人を経験した人などが美術の世界に関心を持ち予備校へと来る人が増えて来ています。彫刻の専門学校が無いというのもその理由のひとつではあると思うのですが、すいどーばたでは長年、こうした学生を受け入れる土壌が私がここで学んだ時期から実はあって、多くの優秀な学生が巣立って行った実績があるんですね。実際今でも10代から70代までの幅広い学生が学んでいるわけです。その中でも佐藤さんはかなり「異色」な感じは私はするのですが、自己紹介も兼ねてどういうきっかけで美大受験を思い立ったか、とりわけ彫刻へと向かったのはどんな経緯だったのか教えて頂けますか?
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佐藤:
そうですね…自分としては思い立ったというよりも、社会人になってからずっと美術を再開する機会を待っていたという感じでしょうか。

仕事や金銭面での見通しがついたのが28の時。色々調べて結局私の経歴と環境では予備校からやらなくちゃいけないっていう事が分かったのが2年前、中瀬さんに相談させてもらった頃で30になってました。

それまで10年間グラフィックデザインの仕事をしていて、仕事は仕事で充実してたんですけど、どこか自分に嘘をつかないといけない部分もあって、素の自分に戻りたいっていう気持ちがありました。
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方法としては、仕事の合間にカルチャースクールやワークショップなどに通ったりはしていたのですが、やはり限られた環境では自分の思うようにイメージを完成させるのは難しくて…。それで大学や大学院の線で考えつつ、個人の作家に雑用係として置いてもらう事なども考えつつ、海外留学も考えつつ…という感じでした。

立体アートがアカデミックな場では「彫刻」という言葉で包括されるらしいという事や、大学に彫刻科の聴講制度がない事や仕事をしながら通える彫刻の専門学校がない事も、この間に知りました。とにかく予備校に通うまでは彫刻に関する情報がなかなか集まらず、悶々としていましたね。(笑)

過去に遡って動機を考えると・・・、小さい頃から絵を描いたりモノを作るのが好きでずっと美大(彫刻かグラフィック)への進学を考えていました。色々あって高校2年のはじめに「将来美術をやるために今、美術をあきらめよう」と一旦保留して大学は文学部に進んだんです。いってみればその時の思いが今回の受験まで繋がったのかもしれません。

彫刻科を選んだ事については、自分がかつて進もうと思ったジャンルだったということもありますが、それよりも大人になってから好きになったアーティストたちが彫刻科出身だったり、ピンとくる立体物に出会う機会が増えたり、彫刻がすごく色々な形態に広がっているジャンルだということを知って、改めて興味を持ったという感じです。(※1)

感覚的なところでは、自分が10年間仕事をしてきたグラフィックの世界では受け止めきれない感覚をファイン・アートとして引っ張り出したいという欲求もかなり強くありました。

経歴としては皆無の状態で、前職も平面でしたので、確かに普通に彫刻をやられている方から見たら「異色」かもしれませんね。
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※1)彫刻をやる気にさせてくれた作家

笠原恵美子
http://editionworks.jp/EW%20STATE-2/contents/artist/kasahara.prfl.html

レイチェル・ホワイトリード
http://www.tate.org.uk/servlet/ViewWork?cgroupid=999999961&workid=70993&searchid=9513

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■受験期間のエピソード
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中瀬:
こうして話しを聞いていても矢張り、かなり異色ですね。(笑)
普通の多浪の学生が石膏デッサンや模刻などの徹底したアカデミズムの「筋トレ」的な方法からぼちぼち世界を広げていくのに対して、佐藤さんはもっと広いフィールドから彫刻の世界や自分の進むべき道を探していたようですね。
そうした事を考えると、どうでしょう、受験勉強そのものへの気持ちの整理や葛藤などもあったのではと想像するのですが、いかがでしょうか?
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佐藤:
そうですね、確かにそういう意味での葛藤はかなりあったと思います。

美術を保留してからの12年間というのは、言ってみればアカデミズムに染まらないぞという自分の覚悟でもあった訳ですから、それに矛盾する所へ行こうとしている。元々、学校や集団生活が苦手でしたし、大学も一度出たわけですから、出来ればこの年で改めて受験・進学というのは避けたかったというのが本音でした。ただ、彫刻に肝心な「現場」というのがアカデミズムの砦の中にあるような気がしてならない…なかなか自分の知りたい情報というのが掴めないというジレンマが、結果的にそういう葛藤を上回ったという感じでした。

他には実際問題として、日本の美大は国立が1校しかなくて私立の学費はその3〜4倍もかかる上、入学するには予備校へ数年通わなければいけない・・・といった実情がありましたね。上手く行ったとしても5〜6年の学校生活と学費が付いて回るという・・・。
美大への編入も無理、大学院も無理、学部入学で行くしかない、つまり予備校から、とわかった時はさすがに「・・・」でしたね。(笑)

予備校へ通い始めてからは、大勢の価値観というのが何か似通った所に集まって行くのが気持ち悪かったり、藝大合格という目標にどうしても気持ちが向いていかなかったり・・・。
そういう自分の中にある根深い反発との葛藤もありましたね。
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■日本の美大受験への感想
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中瀬:
佐藤さんの予備校での学習の様子を振り返ってみると、全体としては独立独歩といいますか、学ぶところは学ぶ、削ぐところは削ぐ、といったとても合理的な手法のように感じましたね。非常に知的、克つ計画的というか。
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佐藤:
いや、知的であったかどうかは・・・。(笑)
キャパが狭いというか・・・、きちんと自分が納得しないまま小手先ばかりを真似ていると本当に詰まらなくなってしまうので、次のステップが見えるまでのモチベーションを維持するための逃避だったんだと思います。(笑)
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中瀬:
基本的に社会人や大学出の人は、意を決した覚悟がありながらも美術的な感性や訓練、知識に関しても初心者という人が多く、その意味では現役生以上の訓練と感覚の揺さぶりが必要なケースが多いのですが、そうした面でも佐藤さんはかなり以前から美術に関する興味と、仕事としてのデザインワークで鍛えた感性や経験があったということですね。
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佐藤:
そうですね、そういう興味というか目線は常にあったと思います。
美術という線引きではなくても、全く異分野の本であったり映画であったり音楽であったり・・・とういう所でピンと来る受け皿は割と昔からしっかりありましたね。
デザインをやっていたという点では、「決める」とか「見せる」ということに対する神経は育ちますが、やはり人のための創作ですから、相手の気持ちを読むとか市場を読むとか、そういうリーディング的な感覚になるんですよ。だから、逆に自分が見えなくなってくる部分もあったりして・・・。

この受験期間で自分と向き合った事で、ようやく自分の感性の根っこみたいなものを確認したという感じです。
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中瀬:
一方で話しの中に出てきましたが、大学選択や受験制度、学費といった誰もが直面する問題とも当然向き合って来た訳ですね。
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佐藤:
そうですね、私の場合貯蓄がそこまであったわけではなかったので、都内の仕事場兼自宅を引き払って実家へ戻り受験生活に入りました。実家から通える国立に入れたとはいえ、入学金、学費、道具代、積み立て等々の支払いを終えた現在の経済状況は最悪です。笑
しばらくは、仕事と学校の2足の草鞋です。
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中瀬:
「実家」という「強み」はあるということですね。実際、家賃までもとなると大変ですよね・・。大学の選択に関しても、その中身を吟味していくと難しいところはありますね。国立大学をいわば補完するように公立大学がありますが、京都を除けばその殆どが東京芸大出身の指導布陣で独自性といった指導とはなりにくいと同時に、定員も5〜10と僅かで、そして地元学生の枠もありますから選択肢は少ないかもしれませんね。国籍を超えた教授陣、州制度による独自の美術大学作り、自由な編入制度といったドイツなどを例にとっても均質な大学制度であることは確かですね・・。
それと、学費。この不景気もさる事ながら私立美大との比較でも学部は勿論、大学院までを視野に入れると700万以上の差との試算もありますから、特に社会人の方は家族からの援助を全面的に受ける、という状況の人は稀ですから大変ではありますね。

こうした事も含めてどうでしょう、これからの社会人の方に何かアドバイスをしていただけたらと思うのですが?
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佐藤:
そうですね…。日本の大学というのは、特別はっきりとした目的がない人でも競争心に煽られて受験しているという事が少なからずあると思います。入ってから「自分探し」するのもいいとは思うんですが、それなら海外でも旅することをオススメします。
中瀬:
それは私も同感ですね。(笑)
佐藤:
社会人が学部へ入学するというのは日本ではまだ当たり前とは言えない状況で、色々と面倒はあります。
今まで築いてきた環境を捨てなければいけないかもしれないし、知らず知らずのうちに周りにも迷惑をかけてしまいます。
それでも、やりたいことがあるなら、やるべきですよね。

お金と覚悟、そして周りの人への感謝の気持ちがあれば大丈夫。
あとは体に気をつけて頑張ってください。

予備校は、毎年生徒の様子を見てフレキシブルにカリキュラムを組んでくれています。
生徒の自主性も重んじてくれますし、講師の方々も実は只者ではなかったりするので、面白いと思いますよ。
大学受験ということでなくても、自分を鍛えに行くのもありだと思います。
あとは、これは学校へ入る入らないとは関係なく、自分の作品が何かあるならBOOKを持ち歩くことをオススメします。
先輩やその道の人に見てもらって意見を聞けますし、相談にも乗ってもらいやすいはずです。
中瀬:
佐藤さんのbook、是非、私も見たいですね!
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■入学して思うこと
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中瀬:
さて、こうした難関を乗り越えて見事芸大合格を果した佐藤さんですが、現在の大学生活はいかがですか?思い描いていた大学のイメージもあったでしょうし、また今までとは全く違う生活のリズムということもあるでしょうし、そのあたりを少し話して頂けますか?
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佐藤:
そうですね、取手は一年生が多いということもあって雰囲気は多少幼稚かな…。(笑)
環境的には緑に囲まれて施設も整っているので気に入っています。でも一年生は何かと制作に集中出来な いですね。 行事が多いですし、規定の課題をこなす時間も思ったより長いです。進むペースはゆったりなんですけどね…。 人数が少ないせいか、何事も足並みを揃えて行きましょうという感じで少し息苦しいところはあります…。(笑)
やっぱり学部だとこんなもんかという感じですね。
とは言ってもまだこれまら勉強したい事も沢山ありますし、先生や助手さんの話が聴けるのは楽 しいですよ。
年齢についてはたまに驚かれるくらいで意外と平気(?)なんですが、体力的な部分ではやはり年齢を痛感させられてます…。
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中瀬:
取手キャンパスができて共通工房等フレキシブルさはあるようですが、ちょっと遠いですよね・・。ただ、制作スペースが増えたと思えば選択肢は広がったとも言えますかね。予備校でのそれ行けどんどん!!みたいな日替わりメニューからすると、大学のペースはローカル電車並みにスローですから、規定課題をこなすのは全く大変では無かった記憶が僕にはありますね。一方で今は土日休みで夏、冬、春の長期休暇、1年の半分近くが休みと言えなくはないわけで、かなりいろんな事ができますよね。僕はラグビーやったり演劇や舞踏にのめり込んだりしてましたね。大学の寮 に住んでましたから長期の休みや日曜日も制作はできていましたし、やっぱり大学はいいな〜!って今でも思いますよ。今の学生はこれだけの休みをどうしてるんですかね・・・.
 そう、それと入学した当初は先輩や助手さんがひどくみんな大人に見えましたから、佐藤さんからすれば僕もかなり幼稚に見えた部類の学生かもしれませんね(笑)。ただ、どうでしょう、芸大の面白いところは実はこの年齢差、経験の違いでもあると思うんですね。年齢も学年も超えて対等に付き合える、そんな不思議さというか。
 
 息苦しいというのも佐藤さんらしい感想ですね(笑)。学年制での指導であるとか技術習得が先行するという、いわば彫刻科の伝統的(?)な指導方法も定着していますから、手法として「全体で足並みを揃えて」というのは確かにあるかもしれませんね。できるだけ合理的にと。佐藤さんは今までの仕事もそうですが、自分自身でしっかり組み立てて生きてきてますから、余計にそう感じるのは当然でしょうね。逆に佐藤さんがそうしたことを感じているということは、個であることの認識をしっかり持っているということですから、このくらいはいとも軽く超えていけそうですね。
 体力のことですが、必要な体力は自分の体質や作品に合わせて付いてきますから心配いらないと思いますよ。不安なら少し筋トレとか?(笑)
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佐藤:
はい、ぎっくり腰が出ない程度にがんばります。(笑)
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■今のアート(彫刻)に関して 
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中瀬:
さて、大学での「彫刻を学ぶ」ことが始まったわけですが、様々な素材へのチャレンジもさらに増えて来るでしょうし、普通の学生であればしない質問なのですが、今の彫刻、あるいは美術に関して「思う」ところはありますか?いろいろな展覧会も見てきているでしょうし、情報も普通に多く持っているようにも思いますから。そのあたりを少し。
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佐藤:
そうですね、といっても国内、特に関東で気になったものしか観てませんから、あくまで個人的な感想でしかありませんが・・・。

ジャネット・カーディフの以前の作品が今エルメスと森美術館にきてますが、よかったですね。
40台のスピーカーを使ったインスタレーションと映像作品で、どちらも珍しい手法ではないですが、女性特有の気配というか意志のようなものが歩き出している面白い作品でした。スピーカーの方は音の彫刻でしたよ。

ここ1-2年のエキシビジョンで上げるとしたら、横浜のZAIMで若手アーティストたちがやったECHOという企画展、群馬青年ビエンナーレ、ターナー賞の回顧展あたりでしょうか。

ECHO展は、美術館やギャラリーの企画展ではない若手アーティスト発信のエキシビジョンで、クオリティも安定していてボリューム感もあって、最近の時代にしてはめずらしく成功していた作家展だったと思います。
群馬ビエンナーレは初めて行ったのですが、油画、映像、立体といずれも男性の作品で、トボけてるんだけど得体の知れない恐さを持っていてとても良かった。
ターナー賞は、ちょっとタイムラグを感じるラインナップではありましたけど、ホワイトリードとマーティン・クリードのアーティスト・トークが面白かったんですよね。ホワイトリードは、やはり受賞の前後のバッシングでかなり精神的ダメージを負っていたようで、そこから立ち直って今粛々と制作を続ける姿勢には胸を掴まれるものがありました。マーティン・クリードは、当時制作中のビデオを見せてくれて、女の子が真っ白いスタジオの中でただひらすらモドしてるっていう映像だったんですけど、説明が完全に天然というかコメディアンで、そういう解説も含めて作品になっちゃってる。すごく頭いいんですよ。

あとは、日本の東と西、国内と海外という所でまだ壁があるなぁと感じます。
関西でやるものは関西でのみ、関東でやるものは関東のみ、という事が多いというか普通ですよね。
もっと国内でも東西の交流とかインフラが繋がれば良いなぁと思います。
海外と日本という所では、輸入の方にまだタイムラグがあるというか。日本のギャラリストが海外のアートフェアに乗り込むようなことは増えたのかもしれないですが、海外作家の最新の作品が日本にも巡回してくれたら嬉しいですね。
最近はYouTubeやpodcastのおかげで少し観れるものもありますけどね。

彫刻という所では・・・、うーん。彫刻っていう言葉って、多メディアな展示の場ではすごく狭いところを指してますよね。
例えば、、「彫刻」と「立体」と「インスタレーション」は別物扱いで、その中の彫刻作品というのは、彫ってるかどうかとか、人体・動物を作ってるかどうかとか・・・どうしてもそういう限定のされ方に見えてしまう。彫刻的な要素を持っている作品でも彫刻として展示されないのは、正しいけれどちょっと残念なような・・・。

卒制展はなぜか同じ手法ものが多い気がしますね。
今の藝大だと木彫で人体で着彩で、みたいな・・・。
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中瀬:
こうして聞いていると佐藤さんが初めてすいどーばたに来た時の事を思い出しますね。
もともとは大学院受験の相談だったし、内容からしても「先端芸術系かな〜」と感じてましたから、そんなアドバイスもした記憶があります。これだけの思考や情報、価値観を持ってる学部の1年生となると先生も大変ですね(笑)。とりわけ日本の美大は思考や論理を語ることが少ないし、特に社会性となるとかなり希薄どころか避ける傾向さえありますからね。彫刻とか美術そのもに対してもグローバルな視点から何か論議することも殆どありませんよね。私の時代もそうでしたが、そうした現状に気付いて、いわばアカデミズムに対抗する形で有志数人で自主ゼミなんか開いてディスカッションしたり、実験的プロジェクトや展覧会を独自に企画したりなんかしてましたね。今はそういう人は「先端芸術へ」となるわけで、住みわけができていますから大手を振って「ひとかたまり」になりやすいかもしれませんね。おのずと、卒展の作品も「ひとかたまり」と。

佐藤さんが感じる海外の作家にしても、言ってみれば社会性や歴史、文化、宗教といったその作家をとりまく様々な背景がある論理的構築をもって表出される。そうした広がりと体験的思考の中から多様な表現が生まれるんだと思うんですね。そう考えれば大学は単に職業訓練校的であってはならないとは思いますね。

それから今は佐藤さんを含めて彫刻受験生の半数以上が女性になりましたね。今年の芸大合格者も半数が女性。凄いですよね!
これも時代の変化ですね。いまや男はアマゾネス集団に征服された?!(笑)。それは冗談としてもこれからは女性の作家の時代でしょうかね。文化や社会的な性別であるジェンダーの問題への関心も以前はかなりありましたから、彫刻の中の女性という意味でも今後の活動や表現に興味が湧きますね。
いずれにしても、話しの内容がかなり広がってしまいましたから、美術の構造的問題なども含め、このあたりは「第2弾」を設けて是非また話しましょう。

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■将来は?
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中瀬:
これも入学したばかりの学生に聞くような質問ではないのですが、将来のイメージとかありますか?
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佐藤:
アートをやって行きたいです。
当面は、自分の頭の中のアイディアを100%で出力できるようにすることですね・・・。
あとは良くも悪くも感覚的にズレてることが多いのでそこは益々掘り下げて行ってみようかと・・・。
大学生になったことですし。笑
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中瀬:
そうですか(笑)。もちろん私達は評論家でもありませんから、作品を創ること、そしてその実現力、リアリゼーションが問われることになりますね。佐藤さんがズレているというのはどのあたりかは分りませんが、非常に物事を良く知っているし、分析力もあることは確かですね。ひょっとしたら、この歳の差でズレもなく話しができることがいみじくも「ズレている」ということなのかもしれないし?(爆笑)それは冗談ですが、今日は長い時間本当にありがとう。まだまだ入学したばかり。佐藤さんにとっては若干、丁稚奉公?(ハハハ)のような、そして肉体的訓練のような大学生活がこれから何年も続きます。慌てず、キレず、諦めずに大学生活を楽しんで下さいね。また落ち着いた頃に第二弾を深く、濃く語りましょう!!こちらも期待しています!

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佐藤:
ありがとうございます、がんばります。
こちらこそ、中瀬さんをはじめ先生方には本当にお世話になりました。
また遊びに来ます。
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★インタビュー後記★
*次々と溢れ出る言葉と情報にも驚かされましたが、「実は性格は子供っぽいんですよー」との言葉がとても印象的でした。さてさて、今後、どんな表現、作品が生まれてくるのでしょうか。社会人学生の代表格として是非是非すばらしい作家になることを大いに期待しています。
佐藤さん本当にありがとうございました!
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2008年02月04日

●2007合格者体験記特集

「インタビュー企画第5弾」
 2007合格者体験記特集


昨年度芸大に合格した学生の体験記がwabや入学案内に載っていますが、
こちらにまとめてみようと思います。
それぞれにリアリティーがあります。
参考にしてください。

●ターニング・ポイント
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川島大幸(2浪/静岡・私立浜松日体高等学校)
東京芸術大学美術学部彫刻科、金沢美術工芸大学美術工芸学部美術科彫刻専攻、東京造形大学造形学部美術学科彫刻専攻、東北芸術工科大学芸術学部美術科彫刻 合格
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 受験を振り返ってみると、自分と対話をすることができる良い機会だったと思う。それが顕著だったのは、2浪目の時だ。
 現役の時は、できることを精一杯やった。1浪の時は、何でも吸収してやるという気持ちで基本を大切に過ごした。そして、2浪の時が僕にとっての「ターニング・ポイント」だった。物事を客観的に見ることができる様になり、先生に言われることも理解できる様になったと思う。先生達の雰囲気もそうだったが、自分の中でも実技を変えないといけないと考える様になった。去年の先輩達を見ていても攻めの気持ちを持っていたなと思った。自分は今何をするべきかを考える様になり、実行に移すことができたと思う。2浪の最後の1週間前まで、今までやってきたことをまとめることができなかったが、最後はまとめることができて良かった。色々なバリエーションのある先生や友達がいたから自分を見直すことができたと思う。
 2浪目で心に残っている言葉がある。「本番は、僕は今までこれだけのことをやってきたんだぞ、というのを絵にしてくれれば良い。」と、「受験は博打じゃない。頑張って続けてやって実力がつけば受かる。」である。2浪目で悩みが多くなったが、この2つの言葉が支えになっていた。
 お互いを高められる友達、バリエーション豊かな先生や教務の人達のお陰で楽しく充実した予備校生活を送ることができた。


●98+365×2+346の感謝
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市川めぐみ(3浪/滋賀・県立東大津高等学校)
東京芸術大学美術学部彫刻科、多摩美術大学美術学部彫刻学科、武蔵野美術大学造形学部彫刻学科 合格
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 高3の夏、地元を離れる事に対する両親の反対を、高校の美術教師にも手を貸していただき賛成へと漕ぎつけた。そうまでして、「どばた」に行きたい理由があった。日本で一番規模の大きい美術系予備校だからだ。生徒の人数も多けりゃ講師方の人数も多く、受けられる指導のバリエーションもある。というのは、人生初の受験失敗の後に気付いた事だが・・・・・・
 私は2浪まで、芸大1筋でやってきた。高3、1浪、2浪と、3度1次通過していた。後もう1歩のところで手が届かない。私に何が足りないのか。その根源は何処にあるのか。3浪の春、狼狽する日々が始まり、20年そこらしか生きていないのに、「泥水を啜る」とはこういう事かと感じる事もあった。そうなるともう、どれだけ真剣に立ち向かっても、力づくでなんとかしようとしても、思う様にモノを創造できない。感じた事と裏腹に手だけが動き表現にならない。12月一杯まで、そんな調子でジッタんバッタんともがいていた。
 心の糸が修復不可能に切れてしまう直前で、いつも私はその細く弱い糸を、繋ぎ止めていたその行為は、とてもじゃないが私1人でできたものではない。自信も自尊心もとっくに失っていたし、当然何を信じれば良いか、その答えを周りの全てに頼る他なかった。坂道を転がる小石になった私を海へ落ちてしまわない様に、どれだけ加速しても受け止めて丘へ投げ飛ばしてくれる先生方がそこには居たし、フレッシュな眼差しでひたむきに闘う現役生や1浪生、私よりも大人な精神を持つ2浪生も居て、自分を奮起させてくれる強烈な刺激を与えてくれた。
 最後の芸大試験前日、一生忘れないであろう言葉を私は耳にした。「自分の持っている感覚を全部出して来い。」私はやっと答えを見付けた。何度も何度もへし折られていた自信を、試験当日形にする事ができたのだ。
 ここまでやり切れたのは、周りの全てのお陰だ。何かが1つでも欠けていたら、今の私は存在しない。


●努力と根性
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謝花翔陽(1浪/埼玉・私立城西大学付属川越高等学校)
東京芸術大学美術学部彫刻科 合格
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 1年前、浪人が決まった時、僕は覚悟をしました。この1年は「どばた」に死のうと。
 成功に必要なものは努力と根性の2つだけであると僕は信じています。だから僕は1年間無遅刻無欠席、ほぼ全ての早朝アトリエと夜間の居残り制作を行いました。
 自分よりも経験や才能のある人がいる。彼らと対等に渡り合うために不器用な僕に残された手段は、人一倍、人十倍の努力をすることでした。どんなに辛くても諦めず、根性でついて行くしかなかったのです。
 いくらやっても上手くいかず、周りから置いて行かれる時もありました。なんでこんなにやっているのにうまくいかないのかと悩んで卑屈になった事もありました。そしてその努力の結果は、受験で確実に現れたのです。
 毎日休まず「どばた」に行き、アトリエのドアは静かに閉め、毎日掃除をする。当たり前の事ですが、そうする事で精神が鍛えられ技術が伴いました。
 小さな積み重ねが大きな流れを作る。今時流行らないスポ根モノのようですが、勝てば官軍!
 最後に、僕を導いて下さった先生方、共に切磋琢磨した仲間達に感謝したい。ありがとうございました。


●大切な事
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中里勇太(2浪/群馬・県立西邑楽高等学校)
東京芸術大学美術学部彫刻科、多摩美術大学美術学部彫刻学科、東京造形大学造形学部美術学科彫刻専攻 合格
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 私が実技をする時に大切だと感じていた事は、彫刻的知識はもちろんですが、「対話」する事です。この対話を、自分自身の作品や、対象物に対して行えた時に、最大限の結果を得る事ができると思っていたからです。
 しかし私は、ここぞという時につい力んでしまって、対話をする事を忘れ「結果を出さなければ、完成させなければ」という気持ちだけが先行して失敗してしまった事が何度もあり、その度に対話をする事の重要性を感じていました。
 そういう経験を生かし、リラックスして自分自身と対話し、自己表現を見付けだす事や、対象物と対話しその物の特徴を引き出す事、そしてそれが冷静にできた時には自然と結果がついてくると信じていました。普段から実技をする時には対話する事を意識できていた事や芸大試験本番でも、対話する事を怠る事なく臨めた事が、合格できた最大の理由だと思っています。そして、東京芸術大学合格という、1つの目標を達成した今、また新たなスタートラインにたった気持ちで、努力していこうと思っています。もちろんこの学校で教えてもらった、彫刻的な意識や、対話をするという事を忘れる事なく、自分の作品作りの中に生かしていこうと思っています。
 最後に、2年以上もの長い間、熱心に指導して下さった先生方、本当にありがとうございました。

●前進
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大石雪野(現役/神奈川・県立神奈川総合高等学校)
東京芸術大学美術学部彫刻科、東京造形大学造形学部美術学科彫刻専攻 合格
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 私がすいどーばたで過ごした2年間の中で、最も意義があったのは、自分を高めるための行動を惜しまなかったことだと思っています。
 彫刻が強いのは「どばた」と聞いて、矢も盾もたまらず以前通っていた予備校をやめ、すいどーばたの門を叩いたのは、高校2年の春でした。私はまだ受験生ではありませんでしたが、できるだけ早く、多くの経験を積みたいと思い、その頃から夜間部に通わせていただきました。それからはただひたすらに彫刻と向き合う毎日でした。自分の課題をひとつひとつ駆逐していき、着実に上手くなっていく手応えを感じられ、とても楽しい日々を過ごしましたが、その一方で、自分の作品がだんだんと技術に凝り固まり、色褪せていっているという事実に苦しまされることになりました。そんな中助けられたのが、友人や教師の存在です。彼らに、時には力を抜き、素直に感動することの大切さを教えられ、最後には克服することができました。「どばた」で得た人とのつながりは、何にも代え難い宝になったと思います。
 私は常に危機感を抱えていました。いくら実力をつけても、満足できたことは1度もありませんでした。自分はもっと成長できる、と信じる事が、私を支える力となりました。これからも自分の可能性を信じ、生涯邁進し続けたいと思っています。

2007年10月31日

●対談! すいどーばた主任 中瀬康志×湘南美術学院主任 佐藤武夫

対談! すいどーばた主任 中瀬康志×湘南美術学院主任 佐藤武夫

「インタビュー企画第4弾」
すいどーばた美術学院彫刻科主任 中瀬康志
              ×
           湘南美術学院彫刻科主任 佐藤武夫による対談
                       インタビューアー 西嶋
インタビュー企画第4弾は、現在の彫刻科受験における二大勢力であるすいどーばた美術学院と湘南美術学院の主任同士による対談形式で行いたいと思います。
昨年度はすいどーばたが芸大12名、湘南が芸大7名ということで、芸大の定員の多くをこの二つの予備校で占めている状況です。(講習会生含む)
そんな二大勢力が、二年ほど前から合同で全国公開実技コンクールを開催するようになりました。

お二人にはその経緯と実際的な影響、将来的な展望についてお聞きしていきたいと思います。

今回はすいどーばたと湘南の両方で講師経験を持つ西嶋がインタビューアーを務めます。

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右から中瀬、佐藤、西嶋

※ 参考 昨年度の東京芸大彫刻科受験者数は279名でした。
 その内一次試験の合格者は70名。その内訳はどばたが27名、湘南が13名で、その他が30名でした。
  昨年度公開コンクールの参加者数は169名でした。 その内訳どばたが71名、湘南が31名で、その他が67名でした。その他の内訳は、お茶美、立美、新美、代ゼミ、東京河合、名古屋河合、高崎、千葉美、取手アトリエなど全国の美術予備校の学生のほか、美術高校の生徒、美術大学(再受験者)などから参加してくれました。遠くは四国や岩手の高校生の参加もありました。


西嶋:
本日はよろしくお願いします。
さて、まず始めにお伺いしたいのは、全国公開実技コンクールを合同で開催することになった経緯をおききしたいのですが、如何でしょうか?


中瀬:
合同コンクールは私から湘南に提案させて頂きました。予備校界では言ってみればタブーの方法ですから、まずはこちらの情報を全て公開することで信頼関係を築くということから始めました。最初に湘南に行った時は緊張感がありましたよ(笑)。普通では考えにくいことをやろうとしていた訳ですから、大きな視点にたった考え方をどうにかして理解して頂くという想いで伺いました。
 経緯としては、彫刻を目指す学生数の減少をデメリットに考えず、今だからできることがある、つまりチャンスと捉えたわけです。一つには、予備校を単純に受験競争という現場として考えず、もうひとつ広く、美術、教育の理想像をお互いに考えていく現場としてとらえることはできないかということ、二つ目は、やはり学生の立場に立って考えると、より自由な交流の中で鍛えられる方が、受験生としての競争意識も含め学生のレベルアップにも繋がるのではという考えです。つまり、学生にとって多くのメリットがあるというのが一番ですね。


佐藤:
そうですね。今の話には湘南の講師も同じ考えを持っています。
合同コンクールを始める前は、湘南では彫刻科のみが独自に公開コンクールを開催していましたが、日程がどばたと重ならないように気にしたり、外部生が来てくれるように依頼したりと大変だったんですよ。それが3年前に中瀬さんの提案から西澤君が単身どばたに乗り込んで公開コンクールに参加し、中瀬さんが湘南に来てくれたのが始まりでしたね。「さぁ、来年から合同でやるか!」というときには、実は講師間でもバトルがあったんですよ。「どばたに勝つ!というプライドを捨てるのか!」的な(笑)

西嶋:
では、実際合同公開コンクールを初めてから、どんな影響がありましたか?

佐藤:
まず、学生の立場からすると、合同で行う以前では、どばたと湘南の両方の公開コンクールに参加していたので、11月は休む暇も無く、大変だったのが一本化されて充実したことが良かったです。また、この交流をきっかけに、講習会にどばたの優秀な学生が来てくれたりして内部生にとって、すごくいい影響になっています。「あぁ、湘南ってどばたに比べるとゆるいなぁ」とか「もっとストイックにやらないとダメだぜ!」というような感情を持ち、そしてどばたに行きたがる・・・・。あれ?いい影響でしたっけ?そうですね、自分を見つめ直すことは重要ですし、そういった異なった文化にあこがれを持つ事も大切です。多感な年代の学生には情報は遮断せずオープンにした上で、これからどうすべきか、何を目指していくのかを考えることが本当の目的かもしれません。
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中瀬:
そうですね、空気が通った感じはしますね。それよりも「きっかけ」としての合同コンクールをさらにどう「展開」していくかのほうに視点はすでに動いているんですね。当初から合同コンクールそのものが目的ではなく、そこから始められる様々な可能性への興味でしたから。例えば講習会や普段の授業の中でのコンクールなどでの交換留学的なやり方とか。一人一人の交換でも年間を通じてコミュニケーションすることで、さらに学生のモチベーション、いい意味での緊張感も生まれるのではと思いますから。ただ、こうした交流が単純に大きな組織として個々の特色を欠いていくことは避けなければとは思います。その意味でも僕は以前から湘南に関しては純血種というか土着的というか(笑)、そんな体質を感じてましたから、今後の交流に対してはかなり期待しているんですね。
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西嶋:
現在の受験の状況ですが、受験者数の減少に伴い、倍率が低下して来ています。
そのあたりの影響をどうお考えでしょうか?

佐藤:
まず私大の倍率低下ですね。これによって多くの大学が自己推薦入試の導入をはじめました。
地方生や、やる気のある学生の受け皿を大きくという意図は理解できますが、
努力せずに簡単に大学生になれてしまうとしたら、その後、将来のことを考えても不安です。一般入試であっても充分受かり易くなっているので同じ事が言えると思います。

中瀬:
そうですね、学生数の減少に関しては大学にとっても死活問題ですから、どの大学も基本的には受験者数の確保の為に必死に取り組まざるをえない状況ではありますね。
この問題も二つの見方ができるのではないでしょうか。一つは「経営面での合理性」、そして二つ目は各大学の教育としての「理念と方向性」ですね。
ですから大学もどれだけ簡単な、あるいは自由な受験かをアピールすると同時に、大学の設備も含めその特色をアピールするという両方を求められているわけですから、試験内容にその整合性がある、というのがやはり学生には分かりやすいですね。その意味ではどの大学も非常に苦労しているのではないでしょうか。単純に人集め的な手法がいいということにはなりませんね。

佐藤:
来年は、多摩美、武蔵美、造形大など、入試内容に変化がありますが、果たして合格する学生の質が上がるのか不安ですよ。武蔵美に対しては今までの入試に疑問を持っていたので、塑造を加えるという事も含め期待しているのですが。

中瀬:
現状、予備校に通う学生のターゲットはやはり東京芸大合格になるわけですね。以前は私立美大の合格さえ大変でしたが、すいどーばたで言えば一年勉強して私立美大に合格できない、というのはまずあり得ないわけですから、当然目指すのは学費のことも含めて東京芸大志向にならざるをえない。ですから、武蔵美の場合、東京芸大の試験内容とはまるでかぶらない試験内容、そして学科レベルの高さという特色から、プラス塑造試験を加えるというのは、自分達の特色を損なわずに広く学生を集めるという解釈で言えば、受験生にとっても今まで以上の選択肢にはなるのではないでしょうか。
 こうした変化からも大学はどういった学生がほしいのか?どういう教育をしていくのか?ということが試験に反映され、意思表示されることが大事な要素だと思いますね。
「うちの大学は入りやすいですよ〜」だけでは美術を志す人(特にすいどーばたの学生では)の資質には合わないようにも感じますね・・・・。塑造の芯棒も作れない、デッサンもしたことのない学生にどう対応していくのか心配にもなりますね・・・
ただ、私としては、いわゆるポートフォリオによる試験が、よりその学生の質を見極めるものとして採用されるのであれば、この試験制度も良い方向に向くのではと思います。


佐藤:
湘南では、学生に各大学の受験者数、合格者数、実技レベルなどの、今の受験の状況を包み隠さず伝えています。
その上で、自分がどのように志望校を選択していけばいいのかを考えるようにうながします。今は以前に比べて、しっかり実力をつければ芸大に受かる時代になってきましたから、簡単にあきらめずに本気で狙って欲しいと思っています。

中瀬:
受験倍率の低下ということは、単純に浪人する学生もかなり減ってきているわけですね。つまりそこそこの力で私立美大には合格するわけですから、受験生として力のある学生が少なくなって来てますね。トップレベルは昔も今も変わらず力があるのですが、その数が減っている。だからあきらめずにやれば以前より確実に芸大に合格できる時代にはなりましたね。昔の2浪3浪は当たり前とか、僕らの時代の5浪〜10浪なんていうのはまずあり得ない時代になりましたね。粘った者勝ち!みたいなそんな感じがします(笑)

佐藤:
そうなんですよ。実際ここ数年は湘南でも力をつけた学生が一次試験を通過するようになりました。受験生が500人以上いたときには、ちょっとしたミスで落とされてしまっていたからなぁ。だからガッツがあって実力をつければ、以前より芸大は遠い存在ではなくなった。でも中瀬さんの言うようにトップレベルは下がっていないと僕も思います。
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西嶋:
そうですね。がんばる学生には良い時代になりましたね。
さて、予備校のあり方が今後変わってくることが予想されます。
そのあたりについて何かお考えがありましたら聞かせてください。

佐藤:
放っておけば、彫刻をやろうという人数はどんどん減っていくだろうと思います。学校でも美術の授業時間は少なくなっていますし、何となく絵が好きだからという学生はいても「彫刻やるぞ!」といきなり門をたたく学生などまずいないのが現状です。そこで予備校のあり方として、入試課題のみを指導するだけでなく、OBや作家などとの交流をどんどん増やし「いい出会いを造る場」にしなければいけないと思います。
実際学生に聞くと「彫刻作品に感動した」という人もいますが、「あの人みたいになりたい!」とか「この人に誘われた」なんていう動機も多いからです。しかし、どんな気持ちで始めてもそこには奥深い楽しみが待っているので後悔はしないと思うのです。またそうなるように常に努力する責任があるのではないですかね。

西嶋:
では、大学と予備校の関係について考えたいのですが、その間にある垣根のようなものを取っ払って、彫刻界をよくしていくことはできませんかね?
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中瀬:
全ての学生が予備校を通過していくわけではないし、全国には数多くの優秀な美術系高校が存在しますから、とりわけ予備校だけが大学と対峙するわけではありませんね。普通に考えても予備校は多様なニーズの一つに過ぎないとは考えます。それでも、現実には東京芸大の合格者の殆どが私達予備校で学んだ学生なわけですから、私達の教育現場の重要性は決して低くはありません。初心者の学生の基礎訓練の場、そして多くの人間関係の中で培われる社会性や美術全般に対する知識や教養も、予備校で培われていくことを多くの大学の指導者は知っているわけですから、その意味での壁というものはあまり無いのではと考えています。
 逆にそれぞれの大学が個別化され相互交流が無いことを考えると、予備校こそそうした垣根を越えた存在であるという考え方もできるわけです。予備校で学んだ学生も様々な大学に散っていきますから、なおさらその意味は大きいですね。

佐藤:
大学と予備校の関係ということでは、大学側は入って来た学生を0からスタートで見るのではなく予備校がどのように学生を育てているのかを、もう少し知ってほしいところがありますね。まぁ、そういいながら、芸大の教授陣にお会いすると、どうも僕なんかはペコペコしてしまうのですが(笑)。逆に中瀬さんが言うように、予備校関係の垣根を越えていくという意味では、いろいろな予備校に湘南のOBも関わっていますから、少しずつでも可能にしていけそうです。

西嶋:
結構突っ込んだ話になってきましたが、ここで少し公開コンクールに話題を戻します。受験生にとっては、採点の基準が気になる点ではないかと思うのですが、これまで2回やった合同コンクールの採点の中で、お互いの採点基準の違いについて具体的に傾向など、お気づきの点がありましたらお話しください。

中瀬:
採点については各先生の個性が反映されて、バリエーションがあったと思います。しかしトップにくるものは好みの部分ではなく、やはり優等生的なバランスのとれたものになりますね。まぁ、よほど自由なテーマが設定されていない限り予備校を問わず、そのあたりは変わらないような気がしますね。
これまで見て来た湘南のデッサンのイメージは、割と素朴で力強いという感じがしましたね。形の正確さに対して徹底して訓練し、それを洗練させて行く感じでしょうか。それと生命感なども重要な要素として大切にされているようにも見えますので、全体的にすいどーばたのものより「逞しさ」とか「息吹」みたいなものを強く感じますね。でもここ最近は情緒的なデッサンも多く見受けらるようになってきたようにも思いますから、何かそれなりの変化や推移というものもあるのでしょうね?

   <湘南のデッサン>
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佐藤:
まず採点基準に関しては、中瀬さんと同感です。上位にくる作品は好き嫌い関係なく、バランスの取れたものに点が集まりますが、次に選ぶものとして観念的な癖が見えると嫌う傾向がありますね。
すいどーばたのデッサンは、オーソドックスな力強さがあると思います。形態の強さや触覚的な描写が特徴と言えるのかな。湘南が情緒的ですか?それは多分、海の近くに住んでいる学生が多いからかもしれません。(笑)

中瀬:
なんと言うか、ある種の純粋さとか初々しさがありますね。やはり海の影響でしたか(笑)

   <すいどーばたのデッサン>
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西嶋:
中瀬さんから見てすいどーばたを分析するとどうですか?

中瀬:
個人としては優等生的でないもの、自分の我をガンガン出していくようなものを求めたいのですが、どうしても多浪生の減少や初心者の増大で基礎訓練に力を注ぎ込まざるをえない状況が現実にありますね。そして確実な合格レベルというのも予備校の使命ではありますから、優等生的な作品がトップグループを形成していることは確かですね。
ただ、私としては基礎力をつけるためにオーソドックスなカリキュラムは当然ながら、もっとカリキュラムを幅広く振って行きたいと思っているんです。
そんな中でも強烈に個性が出ているような作品がたまに出てきます。受験に関係なく、良い作品は学生の同意を得て個人的にコレクションさせてもらっています。昔からやっているのですが、本当に宝物です(笑)。
今はこういった作品がでてくるのは突然変異的な感じですが、本当は授業の中で普通に出てくるようなカリキュラムを組みたいですね。
ここに若干ジレンマもありますね。

佐藤:
受験は不条理の固まりですからね。でも文句ばかり言っても仕方がない。湘南ではよく講師間で課題などの話をしますが、最近では1人の講師が「これをやると絶対学生にとっていいぜ!」となれば、まずやってみようと反映しています。気が付けばしばらく石膏デッサンを描いてない!というときがあったりしますが、必ず為になると確信しています。

西嶋:
採点基準に話を戻しますが、やはりオーソドックスなものに票が集まるんですよね。

中瀬:
そうですね。「オーソドックス」というよりも「正確さ」といった方がいいかもしれませんね。課題が「石膏デッサン」ということもありますから、そこに求められることは矢張り奇抜さよりも正確さや徹底した観察力、そうした事がバックボーンとなった安定感ということになるでしょうね。

佐藤:
不器用でも形を合わせて自然に見えることが大切です。

西嶋:
その辺りは、すいどーばたも湘南も大きなズレはないようですね。

中瀬:
この公開コンクールの面白いところは、採点結果が見られるところですね。
各先生が「持ち点制」で、相談することなく採点し、その結果をシールで貼っていきます。だからどの先生が誰にどんな点を入れているのかがわかるんですね。当然トップクラスには、大きくブレることなく平均的に良い点が入るのですが、下位になるにつれ、それぞれの先生の価値基準の違いも見えてくる。そうした違いの中に逆に面白さが隠れているんですね。コンクールの講評会ではこうしたことも話し合われますから、おおいに参考になるのではないでしょうか。
佐藤:
なりますね。全てにおいてオープンなことが学生にとって信憑性も高いと感じますし、次につながる明快なビジョンを持てるのではないでしょうか。

西嶋:
今後の公開コンクールの展望について何かありましたら、お聞かせください。

中瀬:
基本コンセプトは、やはりどうしたらもっと美術界が面白くなるか、そして彫刻を志す学生にとっての予備校に何ができるか、ということなんですね。そうしたことを考えると必然的に壁を取り払って行くという考えに行き着く訳です。
これを手がかりに、希望としては、さらに予備校間の交流を目指して行きたいと考えていますし、様々な大学の先生に集まって頂いての彫刻の魅力や可能性について大いに語って頂けるような「彫刻サミット」的なものを企画できたらと思いますね。
予備校だけでなく大学も交えて、それぞれのいろいろな問題をまずはテーブルの上に上げたい。そうして出た問題を共有した上で、それぞれが彫刻にとって何ができるのか?を考えていく場にできたら理想ですね。
 考えてもみて下さい、彫刻を志す若き学生がここには150人以上も集結するんですよ。これは本当に大きなパワーであり、そうした学生に対して単純に一般的な競争原理だけで時間が過ぎて行くよりも、何か積極的に働きかけて行くことの方がアクティブで元気になりますよね。

佐藤:
同感です。アクティブで元気になる。そうじゃないとね。
中瀬さんには感謝しています。夢を現実にしていく実行力、パワーがすごい。
今回も芸大の教授を講演会にお呼びしたり、今まででは考えられないことですよ。
今後の展望としては、規模の維持です。
大学の志願者は減っていてもこのコンクールは減らない。そういうものにしていきたいです。その為にも受講する学生にとって、何が必要なのかを考えながら取り組んでいきたいです。受験に必要だから公開コンクールに来る。でも帰る時には何か大きなものを得られるイベントにしていきたいですね。
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西嶋:
話は尽きないのですが・・・。続きは11月の10日11日のすいどーばた美術学院・湘南美術学院合同公開実技コンクールの当日にしましょう。
今年は講演会になんと東京芸術大学彫刻科の教授 「彫刻家 深井隆氏」をお迎えしております。かなりの充実したイベントになると思います。どんな展開になるのか楽しみですね。今日はお忙しい中ありがとうございました。

↓画像をクリックすると拡大します。
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<公開コンクール案内ページへ>

〜おまけ〜
公開コンクール裏話1
ちょうど20年前の公開コンクールで、講師の西嶋(当時18歳)が1位を取りました!(自慢です)
湘南美術学院(当時は金沢アトリエという名称でした)の学生だった西嶋は、広い世界で腕試しをしようと思い参加しました。すいどーばたのアトリエは現在の建物ではなく木造の天井の高いきれいな自然光の入るアトリエで、そのあまりにきれいな光に映し出された円盤投げの存在感は今でも思い出せます。 実はそのとき隣の席でデッサンをしていたのが、どばた講師の立花さん(当時20歳)だったんです。特に何か話したわけでもなかったのですが、お互いにお互いのことをよく覚えていましたね。ちなみにこのときに湘南講師の東儀さん(当時20歳)はB''だったそうです(笑)
その年に立花さんは芸大に合格したのですが、あいにく西嶋と東儀さんはもう一年勉強することになり、次の年の合格となったのです。

   <88年トップをとった西嶋デッサン>
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   (aで1位でした)

公開コンクール裏話2
ずいぶん前になりますが公開コンクールの1位を湘南がとり続けていた時期がありました。たしか4年か5年連続だったと記憶しています。
実はその中の一人が、現在湘南の講師をしている斉藤くん(当時一浪)なんです。割とおとなしめのデッサンですが、カチッとしていてムダな仕事のないしっかりしたデッサンでしたね。マルスの印象をしっかりと表現していました。
結果的に三浪してしまいましたが、造形、多摩、武蔵、芸大の全てを合格した優れた学生でした。

   <91年トップをとったU君のデッサン>
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   (公開コンクールのデッサンではありません)


   <92年トップをとった湘南講師斉藤くんのデッサン>
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   (公開コンクールのデッサンではありません)


   <94年トップをとったSくんのデッサン>
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   (A'で1位でした)


   <96年トップをとったIさんのデッサン>
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   (aで1位でした)

公開コンクール裏話3
このインタビューコーナーで紹介した人たちも公開コンクールで活躍しています。ロンドンに旅立った藤原くんも1位、今年合格した市川さんも1位、現役合格した大石さんは高校2年の時に、3年生を押さえ高校生トップを獲得。その他では、講習会講師で来てくれている虫本くんも1位を取りました。

   <04年トップをとった虫本くんのデッサン>
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   (公開コンクールのデッサンではありません)


   <05年トップをとった市川さんのデッサン>
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   (aで1位でした)


   <05年高校生トップをとった大石さんのデッサン>
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   (公開コンクールのデッサンではありません)


皆さんも記憶に残る一枚になるようにがんばってください!

2007年06月14日

●2007年芸大合格者に聞く!

「インタビュー企画第2弾」

2007年芸大合格者に聞く!
                  インタビューアー 西嶋
今年すいどーばたは12名の芸大合格者を輩出しました。
すいどーばたの彫刻科は昼間部2クラス夜間部1クラスで構成されているのですが、今年は各クラスの実力者がしっかりと合格しました。

今回はその各クラスのリーダー的存在だった三名に受験や予備校生活を振り返っていただいて、大切にしていたことや意識的に取り組んでいたことなどを伺っていきたいと思います。さらには芸大通っている現在のこともお聞きしたいと思います。
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まずは各自の紹介をしたいと思います。

昼間部・顔酢クラス出身:中里勇太くん
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二浪したものの圧倒的な描写力で他の追随を許さず、常にクラスを引っ張る存在でした。受験前は修行僧のごとくモチーフと対話していました。
合格大学:東京芸術大学、多摩美術大学、東京造形大学

昼間部・峰クラス出身:市川めぐみさん
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現役から三浪までずっと芸大一次試験を通過してきたが、四度目の正直で二次試験突破。その鍛えられた精神と肉体?!どばたの顔でした。
合格大学:東京芸術大学、多摩美術大学、武蔵野美術大学

そして夜間部出身:大石雪野さん
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これまで教えてきた学生の中でここまで上手い現役生を見たことがありません。入試前の最後のコンクールも昼間部生を押さえトップ。造形大も特待生合格。本格的実力を持つスーパー現役生。
合格大学:東京芸術大学、東京造形大学(特待生合格)


西嶋:
本日はよろしくお願いします。

まずは合格おめでとうございます。入学して三ヶ月が過ぎ大学にも慣れてきた頃と思います。そしてだいぶ客観的に受験期のことを振り返ることができる時期になったのではないかと思います。

そこでまず各自にお伺いします。

喜怒哀楽が凝縮された受験生活。それぞれにとってすいどーばたは成長の場になったのではないかと思いますが、その中で自分が芸大に合格できた一番のきっかけや原動力は何だったのでしょうか?

まずは中里くんどうですか?

中里:
自分自身に負けたくないっていうか、ココでやめたらぜったい後悔するとか、
意地みたいなものだと思います。あとは、金も無かったし、彫刻を続けていくために、国立大学に入りたいっていうのもありました。

西嶋:
なるほど。意地ですか。では市川さんはどうでしょう。

市川:
三度目の正直、二度あることは三度ある いずれのジンクスも私には当てはまらなかったので、全ての責任は自分自身にある。ただそれだけでした。しかし、そのような意思をもたせてくれたきっかけは、三浪が決まった春一発目の面接です。面接用に使われていたアトリエのドアを開けると、かつて三浪を経験された先生方がずらりといらっしゃって、励ましの言葉を頂きました。中でも色濃く記憶に残っている、「孤独って、楽しいぞー。」、「深刻になる必要はない、真剣に考えるだけでいいんだ。」これですね。

西嶋:
大石さんは如何ですか?

大石:
月並みですが、やはり、自分をよく分析できた、ということでしょうか。常に自分の問題点や、その改善の仕方を意識していたことが、芸大合格につながった要素だと思います。けれど、それは教師や友人に指摘してもらって初めて気付けたことも多いですし、彼らのおかげだと思っています。先生、ありがとうございます。(笑)
現役生は、経験が少ない分、ただ闇雲に頑張ってしまって、空回りすることも珍しくないのではないでしょうか。
私の場合は、人から頂いたアドバイスが幸いして、本番までの過程をきちんとシュミレーションすることができ、経験の少なさをカバーすることができました。そのことが、大きな力となりましたね。

西嶋:
なるほど・・・。三者三様、それぞれ強い思い入れがあったのですね。
なんか現役の大石さんが一番冷静な感じなのが面白いですね。(笑)
入直では大石さんと中里くんは同じクラスとなりましたが、
お互いに意識したりしていたのですか?

大石:
それほど意識はしていなかったかも・・・?すごく上手い!とは思っていましたし、粘土などはやはり、見ていてものすごく勉強になって、同じ教室で作ってきたことで力になった部分は多かったですが、私のライバルはあくまで現役生…といった意識でした。
当時は。現役生の魅力にどうしたら立ち向かえるか!と。なんででしょうね(笑)

西嶋:
意識しないまでも参考にしていたということですね。
意識は現役生ですか・・。そうですね。あなたのデッサンは現役生らしくなかったですもんね。(笑)
中里くんはどう?

中里:
俺も特に意識するようなことは無かったですよ。誰かを相手にするとか、ある特定の人を意識して、その人を負かそうとか、そういうことじゃなくて、自分自身と向き合って、もっと上手くなるにはどうしたらいいかとか、そういうことを常に考えるようにしていました。

西嶋:
中里くんも意識してなかったんですね。
確かに、思い起こせばいつも自分と立ち向かっていましたね。
受験って相手は他人じゃなくて自分自身なんですよね。

その辺りは市川さんも何か考えがあるんじゃない?

市川:
来ましたね〜(笑)ついにつっこみが。 
私という人間は、実にもろく、周りからの期待やプレッシャーに弱いんですよね、口と手と足はよくでるけど。ははは(笑)。
そういった精神の軟弱さを覆い隠すように、周りを無下にしてみたり、自分を必要以上に大きく見せようとしたり。自分の力を、信じてあげられなかったんでしょうね。上手くなろうって時に、けっこうな頻度で他者の存在が大きく目に映ってました。でも結局、他者を超えられたとしても、敵はまだ居て。それは天狗になった自分です。そして、鼻頭を折られてうつぶいた、他者に依存した自分なんです。何かを求めれば求める程、敵というのは己で創った土俵に存在して、それをぶち壊した時にやっと己に一瞬勝てたような気がして、また新たな土俵が生まれる。まあ、そんなとこです。すいません。

西嶋:
まさに自分との戦いでしたね。
三浪してしまいましたが、自己と向き合うべきときはいつかは来るので
良い経験でしたね。大学生活や今後の活動にも生きてくると思いますよ。

では次の質問です。これまで合格してきた人は大抵自分独自のプロセスをつくりあげていると思うのですが、皆さんは如何ですか?自分を支えた何かがありましたら教えてください。

今度は大石さんからどうですか?

大石:
私の場合は、常に不安を抱えていたので・・・。性格的なものだと思いますが。
ですから、自分の中に、自分を支える何かがあったのか、と考えると、ものすごく難しいです。
逆に、自分を支える何か、をなんとか本番までに見つけるために、奮闘していた記憶があります。
自分の身には過ぎた評価を頂いていましたので、(すごく有り難いことではありますが)絶対に落ちてはいけないと思っていましたので、その不安につき動かされる様にがむしゃらにやってきた感じです。
けど、そう考えると、その「不安」こそが、わたしを支えていた力だったのかもしれませんね。
おかげで、本当に最後の最後、一次試験の前日には、これでいける!と思えるものを得ることができ、自信を持って本番にのぞむことができたと思います。

西嶋:
「不安」ですか。ちょっと守りに入っている時期もありましたね。
しかし最後に自信を持てたのが良い結果につながった最大の要因でしょうね。
では市川さんは?

市川:
それはもう、自身を取り巻く全てです。
野犬みたいな私を根気強く指導して下さった先生方、本当にありがとうございました。
並びに、時を共にした同士達。今でもかけがえのない存在です。嘘じゃないよ。
そして、根っから明るい家族の存在です。何回落ちても、背中を押してくれました。ほんとは浪人させたくなかったろうに。

西嶋:
はははっ(笑)、確かにちょっと怖かったよ。正直受かってくれてホッとしています。(笑)
良い仲間がたくさんいましたね。それが一番の宝物になっていくでしょう。

中里くんどうですか?

中里:
そうですね〜、俺は、どちらかというと肉体派っていうか、頭脳派ではないんで(笑)、粘土やデッサンを、短時間で、より密度の高いものにするための体力作りや、自分自身にプレッシャーを与えて(例えば、コンクールで確実に一位を取る!とか)ソレに打ち勝てる精神力をつけられたことが、本番に、「自分にできることをやるだけだ!」と思えて、ある程度の自信を持って、芸大試験に臨めたことだと思いますよ☆

西嶋:
そうですね。実際、考えているだけではダメなんですよね。それを行動に移す精神力と体力ってすごく大事ですよね。
黙々と制作に取り組む姿は、紹介文にも書きましたが、ほんとに修行僧のようでした。

では、今度は芸大に合格した後のことを伺っていきたいと思います。
芸大に通ってみて感じる予備校と大学の時間の流れの違いや、予備校と大学の先生との距離、仲間との過ごし方など受験時代とはだいぶ変化があると思いますが、その辺りをお話し頂けますか?

中里:
予備校に比べたら、自由な時間が増えたような気がする。そのぶん、自分でやらなきゃいけないことがたくさん増えたと思う。本読んだりとか、作品作ったり。
今は、まだ始まったばかりだから、何とも言えないけれど、ぼ〜とすごしていたら、本当にあっという間に、四年間が過ぎてしまう気がする。だから、自由になった時間を、いかに有効に使えるかが今の課題だと思う。

西嶋:
その通り。四年間はあっという間です。時間が有り余っているかに感じる大学生活ですが、結構休みが多いんですよね。その休みを利用して積極的に海外旅行など行くといいと思いますよ。
他の二人はどうですか?

大石:
そうですね、自分個人で美術をやっていくという意識は、受験時代よりも強くなってきました。
受験生の頃の友人は、いくらお互いを蹴落としていかなければならないライバル関係とはいっても、やはり、同じ目標を持って闘っている仲間、といった意識が強かったですから。必然、助け合える、本当にいい友人を得ることができました。
しかし、大学生ともなると、私も含め、皆それぞれの別の目的意識を持った人たちばかりなので、個人主義的になるのは自然なことですよね。教授との距離も、予備校時代よりは離れて感じますが、それはまだ、ご教授いただいて日が浅いからかも知りません。
ちょっとさみしい気もしますが、このぐらいが丁度気持のいい距離だと思っています。これからは、個人で考えていく時間が大切だと考えていますから。

市川:
ま、そうですね、大石の言う通り。特にいう事はないのですが、なんにせよ彫刻を一生やろうと思ったら一人の力じゃどうにもならないので、今まで出会った人、これから出会う人、彫刻関係のみならず大切にしていきたいですよね。ま、自分の環境作りってとこですかね。

大石:
いいこと言いますね!本当にそう思います。

市川:
あらそう、てれるわね。うふふ。
ま、後は、日々精進です。

西嶋:
はいはい。(笑)
でもその通りですね。
人との関わりは重要だと思います。
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では最後に受験生に向けてメッセージがありましたらお願いします。

中里:
マッチョと、根性と・・・センター試験だー!!!

市川:
どんだけ、頑張ってやってもうまくいかない時って、誰しもやってきます。それはスランプなんて高いレベルの話じゃなくて、次の成長段階への準備なんだと思います。何か新しいモノが必要な時期なのだと。
苦しみなんて、人間は生まれながらに持ち合わせていると私は考えています。だから、命が尽きるまでまだ先はあるんだし、辛いことがあっても、こんなのあたり前だと思ったほうがいいです。
一生懸命になると、自分だけの世界に入り込んで、どうしても視野が狭くなってしまうので、そんな時はふっと肩の力を抜いて、目を閉じて深呼吸。そして周りをぐるっと見渡してみてください。そうすれば、おのずと自分の欠落した意識の欠片を感じることができるはずです。 自分の正確な位置を確認することは、受験においても、作家になるに至っても、とても重要な事だと思うからです。
予備校という場所は、頑張ろうと思えばいくらでも頑張れる場所でもあり、怠けようと思えばいくらでも怠ける事のできる場所です。とにかく自分に厳しく、シビアに受かる事を考えてください。秋になると、中だるみが起こります。その時、仲間内で慣れ合う人もでてくると思います。その宜しくない空気に巻き込まれるのではなく、互いに注意し合うことが大切だと思います。例えば、休憩中でも、誰かが制作していれば、それはもう立派なアトリエの空間ですよね。誰がおしゃべりで邪魔できますか?そんな時は遠慮せず注意しましょう。優しくビシッと。たとえ1年であったとしても、場を共有しているわけですからね。
長くなりましたが、最後に。多くのことを教えて下さる先生方や、切磋琢磨できる仲間、そしてすべてを沈黙で語るモチーフ、周囲のすべてに救いがあると思います。周りに常に感謝し、お互い日々を充実させましょう。体調管理だけはぬかりなく。来年待ってます。

大石:
私は現役生に向けての言葉しか言えませんが。
きっと現役生の方は、私に言われるまでもなく、がむしゃらに、楽しみながら頑張っているのだと思います。
それは本当に、現役生の強みですから、是非自覚して、大切にしていただきたいと思います。
けれど、そのことが一番難しい。上手くなってくると、どうしても、迷いがでてくるようになります。そんなときは、思いっきり、悩めばいいじゃなぁい…。
ただ、皆それぞれ、必ず一つはいいものを持っていますから、それを大切にしていってほしいです。
自分では気付きにくいことですが、もし気づくことができれば、本当に大きな支えとなること思います。
肩の力を抜いて、適当に奮闘してください。


西嶋:
さすがに厳しい受験を乗り切った強者達ですね。受験生にとって刺激になってくれればと思います。
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本日は、貴重な時間を惜しむことなくご協力頂き感謝致します。
これからの皆さんのご活躍を期待しております。
ありがとうございました。

次回もお楽しみに!

2007年05月07日

● すいどーばた美術学院彫刻科主任 中瀬康志に聞く

 「インタビュー企画第1弾」
 すいどーばた美術学院彫刻科主任 中瀬康志に聞く
                  インタビューアー 西嶋

インタビュー企画の初回は、彫刻科の主任という立場から中瀬さんがどのように受験やすいどーばたを見ているのかを伺っていこうと思います。

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西嶋:
こんにちは。第一回目のインタビューと言うことで、まずこのホームページを
立ち上げた理由からお伺いしたいと思います。

中瀬:
いちばん大きな理由は、彫刻を学ぼうとするたくさんの人達に、受験に関しては勿論ですが、彫刻に関しての様々なことが伝えられたらいいな、と言う思いからでしたね。
 基本的に予備校は競争社会ですから、ともすれば閉鎖的になりがちなんですね。それでは彫刻を学ぶ事自体の楽しさとか広がりさえも伝わらないのでは、という危惧感はずっとありましたから。

西嶋:
「すいどーばた彫刻科」は中瀬さんから見てどのような所だと思っていますか?例えば特徴であるとか。
 
中瀬:
そうですね・・・。やはり「すいどーばた」はその伝統、言ってみれば予備校界のパイオニアとしての存在ということが一番ではないでしょうか。
 御承知のように今現在の美大での指導的な立場にいらっしゃる方々、そして美術界で活躍されている多くの作家がすいどーばたの彫刻科の出身です。
そうしたことからも、いわゆる大学とは別の意味での、過激な程熱中した青春時代の思い出は勿論のこと、その後の様々な交流の礎となっている事も多いのではないでしょうか。
 勿論、苦渋に満ちた苦い経験という代名詞になっている人もいるでしょうが(笑)
今現在でもそうですが、すいどーばたの夏季講習会ともなると、「彫刻の甲子園」なんて私は言ってますが、本当に全国の個性的な美術系高校を中心に優秀な高校生がたくさん集まって来るんですね。そうした学生達が若いうちから実技面での切磋琢磨は勿論、それぞれの人間としての交流を深めている。そういう場に立ち会っていると「日本はいけるぞ!!,」なんて頼もしく思いますよ。

西嶋:
すいどーばた彫刻科の指導の特徴とか、中瀬さん自身が指導上で大事にされていることはどんなことですか?

中瀬:
受験結果からも解るように、すいどーばたは東京芸大を中心に私立美大の受験結果も他の予備校を圧倒しています。優秀な学生が数多く集まる、ということもあるのですが、非常に個性的なスタッフが指導面でがっちりサポートしているというのが最も基本的な理由でしょう。
ただ、予備校という場所は受験という大学が求める基準や価値観に到達するための徹底した基礎訓練が主体ですから、ともすれば基礎訓練そのものに対しての意識がマンネリに陥ったり観念的になったり、あるいは狭い価値観に捕われたりと、いってみれば個性や自由といった美術そのものの特徴とは異なる「もろ刃の剣」のようなところがあるんですね。そのために私がまず新学期にメッセージとして学生に投げかけることは大きく二つです。
 一つは、「自治的な集団であれ」ということです。まずは、学校ですから、おのずと集団での学習であったり、それなりの規則もあります。そして、カリキュラムという統一された課題があるわけです。これは当然、合理的に学習していくためのシステムですから避けられません。ですから一方でどうしても必要なのは「自らが考え、自らが行動する」といった「主体性」でしょう。そうした主体性を持った「集団」であって欲しいということです。例えば掃除や片付けさえも自主的な運営、管理で行われることが望ましいし、学校に対する要望も自主的な意見として大切にします。そうした意識から自分の学習の組み立てや意欲を盛り上げていく。そうしたお互いが馴れ合いにならず、アクティブでエネルギッシュな空間になっていくことが一番大切だと思っています。
 二つ目は、「現実にしっかり対応しよう」ということです。
受験は1年という短期間が勝負です。理想だけでもうまくいきません。美術そのものの知識を身につけることや受験に関わる情報をしっかり把握し対応することが成功の秘けつです。最近は殆どいなくなりましたが、学生の中には受験そのものへの不信から離れていこうとする学生もなかにはいるのですが、受験そのものはどんなに矛盾があるにせよ「現実にある」という認識が必要でしょう。私自身も現在の日本の美術の受験制度がいいとは全く思いませんが、これは「現実」にあることなんですね。それをしっかり認識して「立ち向かう」という積極的な気持ちが必要だと思ってます。

西嶋:
今後、このホームページも含めどんな展開を考えていますか?

中瀬:
 現在はどの予備校も学生数が減少しています。そうした中で受験生そのもののメリットを考えると、予備校の保守的な競争ではなく、情報を開示提供していくこととか、学生がもっと自由に交流ができる場所として予備校を変化、成立させていくというのが私の希望です。3年前から始めた湘南美術学院との合同コンクール、そして美大教授(作家)による講演会、そして今回開講する公開講座などもその一環です。
 できれば「彫刻サミット」的なものも開催できたらという思いが何年もあります。いつか実現できたら面白いですね。現状、国公立大学の不自由さがネックですが、彫刻自体の受験者数が減少している中、彫刻の面白さや自由さ、そしてその広がりなど、彫刻が自己表現の優れた表現媒体である事も含め、もっと多様な形で社会へ、次世代へメッセージを投げかけていくことが必要だと思いますね。
 予備校というのはその意味では逆に非常にフレキシブルな立場にあるのではと僕自身は勝手に思っているんですね。そうしたネットワークを構築していく上でも今回の彫刻科独自のホームページは有効だと思ってます。
 一方で大学も自分達の大学を受験、合格した学生だけを相手にした思考や、自分達だけの学生をあらかじめ確保してしまうという美術そのものの自由さとは無縁の制度も変化させていかなければならない、そんな時代になっているのではないでしょうか。

西嶋:
ご協力ありがとうございました。